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『友達・棒になった男』 安部公房

 新潮文庫で現在刊行中16冊の安部公房も、これで読破。安部公房の文章が生み出す世界は、しばらく離れていてもあるとき急に触れたくなる。この本はその安部公房の戯曲3編が収録されている。安部公房の世界、演劇で観たい。頭の中になるべく自分で舞台を作るようにして読んだ。

≪友達≫
 短編『闖入者』(『水中都市・デンドロカカリヤ』収録)を戯曲化した作品。読みながら、松尾スズキ演出で劇団大人計画で上演してほしいと思った。なんとも言えない不気味さに包まれた、どす黒い笑い。その根底に深刻な孤独と隣人愛という人間関係のテーマがある。文字だけでも十分イメージできた。

≪棒になった男≫
・第一景 鞄
 擬人化された旅行鞄を男が演じる。鍵がかかったその鞄の中身を見ようとする女と客。カフカの変身のような世界観。

・第二景 時の崖
 同名短編(『無関係な死・時の崖』収録)の戯曲化。登場人物はボクサーひとり。スポットライトを浴びながらアクションを交えて独白する姿を思い浮かべて読んだ。

・第三景 棒になった男
 これも短編にあったけど地獄の男&女の登場など少し変わっていた。最後の客席に向けた台詞にドキリとする。

 この異なる3作品を並べた意図までは理解できなかったが、どれも自分の“存在”について考えさせられる演目なのだと思う。

≪榎本武揚≫
 同名長編は未読で、登場人物も多く理解に苦しんだが、歴史上の人物を夢の中で現代に連れてきて、その評判をぶつけてしまう発想は凄い。安部公房ならではの、新しい歴史の見方を教えてくれそう。

 これからまた今までの安部公房の再読と、他の文庫の安部公房を読み進めていきたい。新潮文庫の絶版本も復刊してくれー。


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by yuzuruzuy | 2011-04-07 02:49 | 読書

『水中都市・デンドロカカリヤ』 安部公房

 新潮文庫の安部公房 15冊目まで来ました。今出版されているもので残すは1冊。
 安部公房の初期短編11編。感想を簡単に。

≪デンドロカカリヤ≫
 不気味な語り口で綴られた、“コモン君がデンドロカカリヤになった話”。
ぼくらはみんな、不安の向うに一本の植物をもっている。伝染病かもしれないね。植物になったという人の話が、近頃めっきり増えたようだよ。(p.9)
 “植物になる”ということが、現在の喪失、自殺した人間、精神分裂などのパラフレーズとして使われているのかな。結末にはゾッとした。

≪手≫
 この物語の展開には思わず唸ってしまった。かつての伝書鳩“おれ”が、観念化され銅像となり、さらにその銅像の足首を鋸で切ろうとしている“手”。この設定だけでも脱帽したくなるのだが、そこからさらにストーリーが加わっていく。なんとも言えない読後感を味わった。

≪飢えた皮膚≫
 貧乏人が金持ち夫人に復讐する話。夫人が薬物にはまっていく姿がブラックに描かれている。身体の色が変わってしまう病気というアイディアが安部公房らしい。

≪詩人の生涯≫
 糸車に巻き込まれた老婆が糸になり、その糸からジャケツが作られる。買い手もなく彷徨いはじめたジャケツは、詩人である息子の前に立つ。冬の厳しい寒さと春の訪れを感じさせる文章が印象深い。

≪空中楼閣≫
 無職の男のアパートの前に貼られていた“空中楼閣建設事務所”の工員募集。実体のない職業に、採用されたと思い込んだ男はどんどん狂っていく。

≪闖入者≫
 夜更けに突然やってきて、住み込み始めた闖入者9人家族。彼らをなんとかして追い出そうと、男は奮闘する。この設定も怖いな…特に一人暮らしには。都市伝説とかでありそう。孤独になっていく現代社会の生への皮肉だと思う。

≪ノアの方舟≫
私はノア先生を見捨て、方舟を見捨て、そして村を永久に去ることにしました。今となって、私にねがえることはただ、この愚かなアル中患者に関する伝説が、せめて誤り伝えられぬことをねがうだけでした。
 この最後の文章がすべてを語っている気がする。ノア先生のめちゃくちゃな天地創造論も面白かった。

≪プルートーのわな≫
 猫に鈴をつけに行くのは誰だ?安部公房版イソップ童話。

≪水中都市≫
 魚になるとは、どういうことか?父親を名乗る男が、魚になっていく描写は、生臭ささえ漂ってくるようで、想像するとかなりグロテスク。

≪鉄砲屋≫
 安部公房には珍しい、政治色が濃い作品。その中でも、“雁もどき”の大群の襲来に備えて銃を売るという、奇想天外なアイディアで異世界感たっぷり。

≪イソップの裁判≫
 少し分かりにくかったけど、“噂”というもののいい加減さを皮肉った作品なのかな。


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by yuzuruzuy | 2011-03-11 19:32 | 読書

『密会』 安部公房

 正月に地元の古本屋で見つけた。これで14冊目の安部公房。新潮文庫では残るは2冊。廃版になったのとか見つからないかなぁ。この作品は『箱男』の次に書かれた作品らしく、解説でも述べられている通り、『箱男』が覗き屋の小説ならば、この『密会』は盗聴者の小説。『箱男』のように、男がノートを書きながら物語が進む。

 突然救急車で連れ出され、病院内で失踪した妻を、主人公の男は録音テープを手がかりに探す。その過程で、男は自らも病院という異常者たちの空間にすっかり迷い込んでいく。
もしかすると妻はとうに家に戻って、男を待ち受けているのかもしれない。p100
 『燃えつきた地図』を思い出させる、失踪者と追跡者がいつの間にか入れ替わってしまう構図。それはまさに“自分との鬼ごっこ”(p76)である。
 テーマは現代社会における性的表現の氾濫らしく(あとがきより)、病んでいる現代社会=病院に置き換え、奇怪な医者や患者たちが登場する。馬人間とか、身体が綿になる病気とか、発想爆発。
 言葉だけで現実から完全に隔離された空想世界を作り上げてしまう安部公房。その文章力は健在で、今回特に目に留まったのが、比喩。異常な状況をそのまま書くのではなく、その場と全く関係ないような例えで包んで表現している。でもそれが余計に狂気やグロテスクさを際立たせてしまうのが、安部公房的ブラック・ユーモアだったりして。
まるで廃品回収のトラックから逃げだしてきた虫食い人形一座の気違いパーティじゃないか。p128

黴がはえた中華料理の材料のような×××が、金属タワシのような毛と一緒にだらりと垂れ下がっている。p176
 奇抜な発想のみならず、こういう想像を掻き立てる表現力が、安部公房を無性に読みたくさせるのだと思う。結末はなかなか重かった。


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by yuzuruzuy | 2011-01-08 19:22 | 読書

『R62号の発明・鉛の卵』 安部公房

 去年から古本屋で買い漁り積んでいた安部公房文庫13冊、これにて読了。カバー裏のリストによると新潮文庫の安部公房は残り3冊。節約のためにも、古本屋での出会いを待つことにしよう。でも、メジャーな『砂の女』以外は、なかなか見つからないんだな。西宮周辺の某古本屋チェーンの安部公房はほとんど僕が買い占めたのではないか?それは言い過ぎか?
 前置きが長くなりそうなのでそろそろあらすじと感想。短編作家だった30歳前後の安部公房作品12編収録。

≪R62号の発明≫
 失業し、自殺を決意した男が、居合わせたアルバイト学生から「死体をゆずってほしい」と頼まれる。しかも、生きたまま、死んだつもりになって…。連れて行かれた事務所で、男はR62号という工作用ロボットに改造されてしまう。偶然にも“生前”クビを切られた製作所に派遣されたR62号は、「人間合理化の機械」を発明し、人間に復讐する。
 ロボットの形体の描写は少なく、R62号は自由意思を失った人間のよう。ロボットのように働かされ、ロボットに仕事を奪われ、ロボットによって働かされる。そんな現代の合理主義への皮肉が込められているようだ。人間への復讐が果たされたようなラストシーンにぞっとする。

≪パニック≫
 これまた失業者“私”が主人公。職業紹介所の出口で“パニック商事”の求人係から呼び止められ、就職試験を受けることになる。指定された飲み屋でKという男と出会い、酒を飲んで酔っ払った“私”。翌朝どこかのアパートの一室で目覚めると、ベッドの側にKの血まみれの死体とナイフが。“私”は妻を残したまま逃げまわり、自首することなく盗みを働き、しまいには【本当の】殺人を犯してしまう。なぜ【本当の】なのか?実はKは死んでいなかった。Kの死体はその後の“私”の行動を調べるためのドッキリだったのだ。“私”は見事採用され、そして“パニック商事”の正体が明かされる……。
犯罪者はまことに生産の発展にコウケンするものである。泥棒が錠前を発達させた。
贋金作りが、お札の印刷を発達させた。詐欺が顕微鏡の需要をました。犯罪者は社会のために不可欠な要素である。P70
 安部公房らしい皮肉たっぷりの視点。最後の、殺人犯になるか、ばれずに犯罪を続けるかの二択は、道徳的な問いだった。またしても結末は不気味。社会のブラックな部分を見せるかのような、ホントウにあったら怖い話。特に失業者問題が深刻な現代じゃ正直笑えないかも。

≪犬≫
 犬嫌いの画家S君が愛犬家の女との結婚をためらい、S君以上に犬を心底憎む“ぼく”に相談しにきた。いや、相談というよりは、弁解のほうが正しいだろう。その後、S君が描いた気味の悪い犬の絵に手違いでついた「妻の顔」というタイトルがきっかけで、妻は出て行く。さらには、犬が突然しゃべりだし、犬との闘いの果てにS君は死んでしまう。読んでいて、自分も犬が嫌いになりそうな話。飼い主と犬の関係をひっくり返すことで、犬も人間も同じようなものなのかも知れないと思わされた。

≪変形の記憶≫
 敗戦期、戦場でコレラに罹り味方少尉に射殺されてしまったK。その魂が肉体を離れて生きた将校たちに着いて旅を始める。Kを殺した少尉も途中で自害し魂となり、死体から離れた魂の視点から語られる話。肉体の不自由さを魂となって知りながら、なおも生にしがみつこうとしてしまう人間の滑稽さを表現した話だと思う。

≪死んだ娘が歌った≫
 「変形の記憶」と同じ発想で、舞台を戦後の貧困層、主人公を女性にした話。死後の女性が記憶をめぐるように魂の旅をする。過去の恋の相手の名前がK。

≪盲腸≫
 自身の盲腸のあとに羊の盲腸を移植した男、K。人類の飢えを克服するための新学説の研究材料として、高額な月給の代わりに実験台となった元失業者。食事は藁を、顎の力を振り絞って摂る。藁しか食べなくなってしまったKに家族は戸惑う。藁を食べ続けるうちKは性格まで変わってしまい、新しい人類の可能性を目の当たりにした世間の賑やかな反応とは裏腹に、家族は普通の暮らしができなくなる。Kは次第に衰弱し、実験は失敗、Kは普通の人間に戻った。Kに向けられた最後の一行が怖い。
外では飢えが、本当の飢えが、再び彼を待ちうけている……。
 このまま羊になってしまうのかと思ったら、ひっくり返ってしまった。結局最初の状態に戻って、それが元よりもさらに悪い状況になっているのではと思わせるのも、安部公房の特徴。羊の盲腸を移植して藁を食べる…≪犬≫とは反対に、人間を動物に転換する発想。

≪棒≫
 デパートの屋上から墜落する途中、「父ちゃん」と子供が呼ぶ声を聞きながら、一本の棒になってしまった父親。溝につき刺さっているところを学生と先生に拾われて、分析、判断、処罰される。棒についての分析を通し、その父親の人格までが説明されていくようだ。その父親だけに限らず、自分で動けず、他人に使われてばかりの観念的な棒になった男たちを皮肉っているようだし、それを判断しているのが社会から少し離れた学生と先生というのもまた皮肉な気がする。下された処罰は何とも残酷だった。カフカの『橋』を思い出した。

≪人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち≫
人肉食=カニバリズム。人肉食主義者の三紳士とそれに反対する団体代表の押し問答。
なぜ私らが君たちを食っちゃいけないのかね?なんといったって君たちの肉がいちばんうまいし、栄養もあるし、また体にも合うんだよ。こういう合理的なことが、なぜいけないのかね……。
 人肉食の主張に立ち向かうためのいちばんの武器は“道徳”である、しかし紳士たちに道徳は全くもって通じない。カニバリズムは合理化の行きつく先に潜む狂気なのだろうか?この議論の土壌すなわち安部公房が描いている文脈では道徳など意味をなしていないようだ。徹底してドライな反道徳的視点。そんな中に、人食肉紳士たちがまるで自分で食べたかのように盲や片腕、片脚しかなかったり、ストライキの意味を知らなかったり、ブラックユーモアは健在。捕鯨問題にも置き換えられそうだなぁ。

≪鍵≫
 母親が死んで若者が訪ねた狂った叔父の家で、若者が事件に巻き込まれる。ここまでの印象としてはパンチの少し弱い作品。

≪耳の価値≫
 交通傷害保険と耳を使って儲けようと企む。耳を失うことに対するノリの異常な軽さに笑ってしまう。さまざまな方法で事故を装おうとするが、耳は一向に傷つかない。これも結末は最初の地点に戻るパターン。
 登場人物が、小説家の安部公房について話す場面がある。自虐っぽいネタ。
変な、六法全書をつかって金もうけをする方法みたいな話ばかり書くやつだよ。P250
≪鏡と呼子≫
 少し難解。見るものと見られるものの感覚。親戚同士の遺産争い。迫りくる三角…何なのだろう?

≪鉛の卵≫
 80万年後の未来人にたどりついた男の目の前には、見たこともない生命体がいた。未来人からみた古代人の描写や、未来人の人間観に毒がたっぷりで面白い。最後はこれもどんでん返し。価値観の転換。

 最初から内容が濃すぎて、感想も若干尻すぼみになってしまったな。≪鉛の卵≫は感想は短いけど何度も読もうと思えるほど面白かった。星新一にも似ているなと思った。どの作品もとにかく豊富な発想でお腹いっぱい。安部公房の発想を通して、読んでいるほうは新たな価値観の問題にぶつかる。普段は見えないけど、実は存在している部分を見せてくれる視点の転換、表現方法や価値の組み合わせ。安部公房が開けたアバンギャルドの穴から新たな世界を覗く気分。とくに好きなのは「R62号の発明」「変形の記憶」「盲腸」「棒」「耳の価値」「鉛の卵」。こんな作品たちを50年近く前に書いた安部公房は偉大だ。


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by yuzuruzuy | 2010-12-09 16:57 | 読書

『カンガルー・ノート』 安部公房

 最近また安部公房に夢中。寒くなるとなぜか読み易くなるのは、孤独な主人公の冷たい目線で書かれた文章のせいだろうか。安部公房最後の長編。
 脛から≪かいわれ大根≫が自生し始めた男…期待を裏切らない発想だ。≪かいわれ大根≫は数本生えているくらいなのかと思ったら、どんどん成長してジャングルのように密生する。読んでいてもなかなかグロテスクで、それを見た、朝食に納豆とかいわれの和え物を食べた医者は、吐き出してしまう。サウスパークっぽいな。つまりブラックな笑いでいっぱい。自分の≪かいわれ大根≫を食べて生きていこうかなどと考えた場面は、『方舟さくら丸』のユープケッチャと繋がった。これまで安部公房を読んできたので、分かりやすい。安部公房作品の中でも読みやすいほうだと思った。

 受診した病院のベッドがドラゴンボールの筋斗雲のように主人公の男になついて、そのベッドに乗って、夢のような世界を移動する。三途の川や賽の河原も出てきて、あの世までネタにするのかこの人は、と笑うしかない。後半には、安楽死についての問題も出てきて、“死”がテーマとなっている。
 いちばん興味深かったのが、ピンク・フロイドの曲が何度か出てきたこと。安部公房は彼らの大ファンだったらしい。安部公房の小説と、ピンクフロイドの楽曲、確かに繋がる部分がある気がしていた。
『エコーズ』ならぼくの大好きな曲である。夜、神経に逆毛が立って、眠たいのに寝られないようなとき、この曲はけっこう有効なのだ。狂気の静寂ってやつかな。p205
 ドナルド・キーンが書いた解説も自分も共感する部分や、新たに発見するところが多く、面白かった。
現代日本の小説家の中で一番自分の体験や自分の感情を隠したのは安部さんであった。

安部さんは決して冷い人間ではなかったが、多くの作家が自分の感情を誇張した形で小説に盛り込むことに反して、はにかみ屋だった安部さんは自分の深い感情の周囲に数多くの壁を立て、壁の中に隠されている自分を発見できる読者を待っていた。 “解説”p217
安部公房は壁の向こうで待っている…まだまだ深く読まなければ。


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by yuzuruzuy | 2010-12-05 21:57 | 読書

『箱男』 安部公房

 昨年読んで、まるで理解不能だったので再読。方舟さくら丸からハコつながりで箱男。通じるものがあれば理解が深まるんじゃないかと期待。
 結論、結局完全に分かることはなかった。途中まで箱男と贋の箱男の関係や、語り手すなわち箱男の“ノート”の記述者もはっきりしていたけど、突然、“ノート”が一人歩きを始め、記述者に話しかけるところから、何が何やら分からなくなる。『ソフィーの世界』で、主人公が作者の意図を離れてしまうように、読んでいるほうも異次元に連れ込まれる感覚。
誰が本当の箱男であったかをたずねるよりも、むしろ誰が箱男でなかったかを突き止めるほうが、ずっと手っ取り早い真相への接近法だと思うのだ。p187

考えてみてほしいのだ。いったい誰が、箱男ではなかったのか。誰が、箱男になりそこなったのか。p192
 言いたいことは分かるような気はするのだが…。覗く者と覗かれる者の関係が行ったりきたり。人は覗かれるのより覗く方を好むに決まっている。方舟さくら丸の船長もぐらも、箱男も、社会から隔離された空間に囚われたという点で共通するものがあり、
どちらにも侵入者や、贋の箱男という異物が入り込むことで存在が揺れ動いていく。そしてひとりの女をめぐって外界との接点を持たせようとする構図も似ている。
 後半にはさまれる夢の中のようなエピソード。ここだけの登場人物少年Dは、アングルスコープを通して世界を覗く感覚を覚える。
誰からも見返される心配がないと分かると、たちまち疚しさが消え、みるみる風景も変化しはじめる。風景と自分、世間と自分の関係の変化を、くっきりと自覚することができた。p194
 だから安部公房の作品はどれも、地下に作った方舟やダンボール、砂壁や他人の顔の仮面など、何か異質な隔たりの向こう側から世間を覗き込んでいるのだ。この作品をより深く理解するために、もっと安部公房という作家について知る必要がある。


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by yuzuruzuy | 2010-11-29 23:50 | 読書

『方舟さくら丸』 安部公房

 安部公房の文庫本はこれで11冊目。
 核戦争の危機から逃れるための方舟。その船長、“もぐら”はデパート屋上のガラクタ市場で、“ユープケッチャ”という、自分の糞を食べる閉鎖生態系を持つ虫を見つける。それは採石場跡の地下でひっそり、誰の干渉も受けずに暮らす“もぐら”彼自身のような存在だった。彼はユープケッチャを方舟の乗船審査基準として、生き残るための乗船券を渡す人物を探す。デパートの屋上で出会ったサクラの男女二人組に、方舟の鍵を持ち逃げされ、“もぐら”はユープケッチャを売っていた昆虫屋と一緒に方舟へと向かう。たどり着くと二人はすでに侵入しており、船長もぐらは、サクラとその連れの女、そして昆虫屋とともに方舟の中で過ごすことになる。
 そんな中、侵入者の存在が発覚し、方舟の計画は崩れ始める。もぐらの父、猪突(いのとつ)や、ビジネスの相棒、千石などが現れて、ストーリーは展開し、その上もぐらは、足を滑らせ地下にある便器に片足を吸い込まれて嵌ってしまう。
 核シェルターというテーマにしては展開もそれほど大きくなく、時間にしても数日経たない間の物語。核戦争の危機から逃れるということを建前にしながら、この小説のテーマはは、社会からの隔離というものではないか。「生きのびるための切符」を渡す相手を探しながら、なかなか適切な人物を見けられない主人公。結局は地下でひとり誰の干渉も受けない暮らしに満足していたのかも知れない。世界と繋がりたいのだけれど、それがうまくできない男。登場人物たちは感情を言葉にしてあまり表に出さず、かわりに、身体的な接触、名前の呼び方や細かな仕草でそれぞれの感情が読み取れる文体。特に、主人公と昆虫屋の、女の尻叩きの儀式では、もぐらの女に対する欲望心と、昆虫屋への猜疑心が渦巻いている。
 改めて、安部公房の文章は緻密すぎる。冒頭の方からさまざまな伏線が引かれており、ほぼ完全に世界観を作ってから文章にしたのであろうことがよく分かる。天才というよりもはや変態だ。
 ≪豚≫という言葉にコンプレックスを感じている主人公はあまりにも卑屈に考えすぎていて、それがそのまま文章化されているので、慣れなかったらとても面倒くさいと思う。でもそんな主人の苦悩やもがきがまわりまわって滑稽なものとなってしまう。それが安部公房作品の醍醐味。オチもいつもの安部公房作品と同じで、めちゃくちゃ考えさせられる。それは脱出だったのか?それとも閉じ込められただけなのか?ブラックユーモア、皮肉、苦悩、妄想。悲惨な滑稽さ。脱出の夢。待っているのは透明な景色。
手を通して街が見えた。振り返っても、やはり街は透き通っていた。街ぜんたいが生き生きと死んでいた。誰が生きのびられるのか、誰がいきのびるのか、ぼくはもう考えるのを止めることにした。(p374)


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by yuzuruzuy | 2010-11-28 23:59 | 読書

『笑う月』 安部公房

 安部公房文庫はこれで10冊目。夢を切り取った短編のようなものから、長編作品の素を記したエッセイまで、ページは少ないけど、安部公房のエッセンスが溢れる一冊。夢を言葉にしてしかも他の人が読んで面白い文章で書くなんて、見る夢からして次元が違う内容。長編に出てくるシュールな発想の源泉。


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by yuzuruzuy | 2010-06-14 21:07 | 読書

『無関係な死・時の崖』 安部公房

 9冊目の安部公房文庫。10作からなる短編集。順々に読もうとしたら中断してかなり時間がかったので、数ページ読んで、興味を持った作品から順番に読むと、そこから一気に読破。

『無関係な死』
客が来ていた。そろえた両足をドアの方に向けて、うつぶせに横たわっていた。死んでいた。
自分の部屋で、全く知らない人間の死体を発見した男。すぐに110番すればいいものを、自分が疑われることを恐れてなんとかその立場から逃れようと考え過ぎるあまり、逆に逃げ場を失っていく。思いつくことが、ことごとく自分を追い込むことにつながっていき、最終的に立場が反転してしまっている。
 安部公房作品には、よく、メビウスの輪というキーワードが使用される。一周してもとの場所に戻ってきたときには最初とは反対、裏の場所に着いてしまっている。だから、読者も、気がつくと思ってもみなかった場所に連れ込まれている自分に驚く。


『人魚伝』
 海底で見つけた人魚を愛してしまった男が、自分が用意していた部屋でその人魚を飼っていたつもりが、知らず知らずのうちに逆に人魚の餌として飼育されていたという物語。トリックが明かされていくうちに、どんどん怖ろしくなってくる。
p.303
僕は彼女を自主的に選び、征服したつもりだった。
ところが真相は、ぜんぜんその逆で、ぼくはむしろ肉食用家畜として彼女にとらえられ、
飼育されていたにすぎなかったのである。
恋愛関係に交えて肉食用家畜なんてフレーズを使うところが、数十年前にも関わらず時代を先取りしてる。「自分がいなくちゃ相手は生きていけない」が、いつの間にか「相手のために自分が生かされて」しまっているという、現代社会の相互依存的な人間関係に通じるものがある。それを物語化できる安部氏凄し。この物語も、飼育する側が、一周回って飼育されているという点で、メビウスの輪的な構造になっている。
 人魚の存在を確信し恋するまでの主人公の感情の揺れや彼女を連れ帰ろうとしてとる行動、なぜか情念が眼に向けられた人魚との生活、想像力とコトバの選び方…なんでこんなの書けんの?この作品だけでも読む価値十分。


『時の崖』
 ボクサーの独白形式で、時間もこのボクサーの感覚に伴って進んでいくように思える。試合に負けるとき、それがボクサーにとっての≪時の崖≫である。
p/321
チャンピオンの向う側が、いちばん急な崖なんだからな……そうだろ?
……向うの崖を落ちるか、こっちの崖を落ちるか、それだけのちがいじゃないか……けっきょく、落ちてしまうんだからなあ……いやんなっちまうなあ……
それでも戦わなくちゃあならないボクサーの絶望の中に、人間ってのはそんなもんさと共感する部分もある。
p.306
負けちゃいられねぇよなぁ……勝負だもんなあ……負けるために、勝負してるわけじゃねえんだからなあ……
この最初の書き出しで、僕は一撃KO。ブルーハーツの『未来は僕らの手の中』を思い出した。
<僕らは負けるために、生まれてきたわけじゃないよ。>
 他の作品も怖くて笑えて、安部公房好きには、贅沢な一冊じゃないかな。人により好きな作品が分かれそうなので、他人の意見も聞いてみたい。長編では分かりにくかった安部公房のストーリー手法が少し分かったような気がする。
ショートショートの星新一然り、短編の方が作家の表現を鋭いものにするのかもしれない。


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by yuzuruzuy | 2010-04-23 23:59 | 読書

『第四間氷期』 安部公房

 未来とは何か?未来を知った人間はどう生きるのか?考えさせられる。
 この小説で予言されている未来はとても不気味。陸上を離れた水棲人間たち。その未来から見た現在の陸棲人間の描写がおもしろい。恐ろしいほどリアルに迫ってくる未来への予言。安部公房は、ホントにどんなとこから人間を見ているのだろう?


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by yuzuruzuy | 2010-02-22 12:37 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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