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つぶや句 20120726

奉仕奉仕あと一歩で奴隷


納豆巻しかない


とりあえずバナナ食っとこう


ジョギングする引きこもり


返してと言えなかった本をまた買う


あっつい暑い連呼する前に痩せろ


年齢確認している方が童顔


ピスタチオの殻に爪が負けた


鍵は閉まってるがノックに返事はない




…うーん、久々に考えてみたものの、あまりしっくりくるのが思いつかない。

もっと刺激ある毎日を。

周囲の些細な出来事に敏感に。

サブストーリーを愉しめるように。



寝るより、食うより、呑むよりも、

学べ、愉しめ、考えろ。


ま、ちょっとは呑んじゃうけどね。


日々の景色を見渡しながら、

毎日を散歩するのだ。
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by yuzuruzuy | 2012-07-26 01:03 | つぶや句

『苦役列車』

原作読んだその日に観に行った。

隣ではエリカ様のへルタースケルターやってたみたいで、平日のレイトショーにも関わらず結構混雑してるようなことをチケット売り場で小耳に挟んだが、苦役列車は見事にガラガラ。そらタイトルからしてもう客入りそうにないわな。阪急電車みたいにワクワク感を出すためのサブタイトルなんかつけるわけにもいかんわな。

とにかく森山未來の怪演、それに尽きる。
撮影中は実際に繁華街の三畳間の宿に泊まり込み、酒を飲んでむくんだ顔で撮影に臨んだらしい。映画の中にいたのはもはや森山未來ではなく完全に、『苦役列車』の主人公、北町貫多だった。


映画で観て改めて感じたのは、貫多は欲望に対してとことん一途で、それは誰しも青春時代に経験し、大人になるにつれ抑制してきた部分だからこそ、どんなにろくでなしでも、見る側にとって何処か愛すべき人間になっているのだと思った。小説では根っこから偏屈な人間、というイメージだったが、映画では根はまっすぐなんだけど、気持ちを表現する方法を知らずどうしてもひねくれてしまう不器用な人間、というイメージ。森山未來が貫多について、コミュニケーション的な面で周囲から見れば“ターザン”のような存在だと話していたのが言い得て妙。

高良健吾、AKB前田敦子がそれぞれ演じた正二と康子というフィルターを通しての、もし貫多みたいな人間が周りにいたら…という目線と、自分のなかにある貫多と共感し、世の中に対してひねくれた貫多的な目線を行き来しながら見た。正二との別れのシーンでの貫多の台詞と、正二の応えがとても良かった。



ラストシーンにかけてはオリジナルだったので、小説とは別物と思うしかない。落ちて終わり、でも面白かったと思うけど、青春映画らしく希望を残す終わり方だった。


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グリーンに惹かれて(?)久々にパンフレット買っちまった。

貫多の日雇いで支給されていた弁当箱の色。

この物語の舞台はちょうど自分が生まれた年代らしい。

自分とはかけ離れたようで、でも何処かシンパシーを感じずにはいられない映画。
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by yuzuruzuy | 2012-07-21 23:53 | 映画

『苦役列車』 西村賢太

 原作を一気に読んでからそのまま映画も観に行った。
 まずは西村賢太の芥川賞受賞作『苦役列車』。この作品の前に読んだ『小銭をかぞえる』で、“愚直なまでに屈折”(ピース又吉『カキフライが無いなら来なかった』より拝借)した人間の過去に対する懺悔のような文章の面白さに取り憑かれて、遅ればせながら手にとった。
 日雇い労働者の主人公の北町貫多は自身の生い立ちに対するコンプレックスと欲望の塊。三人称を用いながらも主人公目線で書かれた文章は徹頭徹尾ひねくれている。そんななかにも読んでいて時折応援したくなる、純粋な19歳の青年像が垣間見れる。現代風に言うとネットでたまたま見つけた他人の過去回想ブログを、駄目なやつだし近くにいたら相当面倒だけど、何処か放っておけなさを感じ、骨太な文章力の高さにも惹かれて読み耽ってしまった、そんな感覚。しかしまあ家賃滞納、風俗、暴力、友への罵倒…ブログで書けるような内容ではないけど。そういう意味でも書くことで懺悔しているようにも受け取れた。いや、でも貫多は決して書くことが懺悔なんてそんな風には考えないか。
 同録の『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』では、貫多が作家になっている。どうしようもなく堕落した生活のなかで文学賞の候補作に自作が挙げられていることが貫多の唯一の光明。惨めさを自虐的に描きながらも、筆者の小説への執念というか、ものすごいパワーが伝わってくる。
 両方の小説で頻繁に用いられていた“はな〜”とか“慊(あきたりな)い”、“結句”、“畢竟”、“業腹”など、独特の文語体が癖になる。言葉の勉強にもなりそう。
 これは何処から何処まで作者である西村賢太の実体験なのだろうか。おそらく殆ど実体験が元かとは思うが、北町貫多という架空の人間を放っておけず、他の作品も読んでしまうと思う。でもはまり過ぎは注意だな…。


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by yuzuruzuy | 2012-07-20 02:18 | 読書

Petit 古書店論

先週久しぶりに古書店に入った。

3軒くらいがビルの1フロアに集まる古書センター。

まずはそのなかでいちばんまっとうな古書店を選ぶ。

例えば外からは一見普通の文庫本を置く古本屋、しかしその棚の裏側にいかがわしい色合いの漫画本が並んでいて、キャップ帽にリュック姿の、昭和からタイムスリップしてきたような中年男、さも学術書を探すかのような真剣な眼差しでピンクやイエロー入り混じるサイケデリックな背表紙の列を眺めている。これは、アウトですね。

なるべく冴えない色合いの、まさにブックカバーを外した古い文庫本が持つ控えめかつクラシカルな空気感を店の奥から入口まで徹底して醸し出している、店の中には自分以外の客はいない、ふらっと入っても店主は声を発することもなく、あえて存在を消すかのように何の主張もない服装で静かに佇む、そんな店が良い。

そして時間を忘れて、本の背文字を追いながら、最初は文庫本コーナー、海外文学そして近代文学、映画、美術…どんどんマニアックな棚に進みながら、自分の興味と店の品揃えの接点を探す。これだけで世界が拡がる気がするのだ。ほんの数畳の空間で好奇心が爆発する。何でもあるようで実はないものばかりだったりする大型書店では味わえない感覚だ。

この日買ったのはボードレールの詩集の文庫と安部公房対談集(これはテンション上がった。)

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ボードレールは会計のときに店主さんから
「訳者で選んでるんですか?」
と声を掛けられたので、お勧めの訳者はいるか尋ねると、比べてみるようにひとつの詩を選んでくれた。『太陽』という詩。

”われは赴く、わが架空の剣術のひとり稽古に。
あらゆる隅々に偶然の韻律を嗅ぎ出しつつ
舗道の上にて躓くごとく言葉の上にて躓きつ
時には久しく夢みたる詩句にはたとぶつかりつつ。

詩人のごとく街の中に下り立つとき、
太陽はいかなる賤しきものをも美しく高め、
ありとある病院に、ありとある宮殿に、
音もなく従者も連れず王様然と入りゆく。

『太陽』村上菊一郎訳より抜粋”

これは割と難解そうだがその分詩的な訳。もう一冊分かりやすい訳のものを合わせて購入。読み比べたら面白そう。せっかく教えてもらったので二冊買うと言った時の店主さんの反応が、「あ、いいんですか?」こういう最後まで押しつけがましさゼロなところがまた良いのだよ。

自分のなかで抑えられていた活字欲がここ最近また噴火しつつある。

今日も仕事後、勢い余って古本購入。
こちらは割とポップなセレクションかと。
なぜか表紙にシュールな人物画が揃ってしまった。この時点であまりポップじゃないかもな。
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こんなに買って読む時間あるんかねって話ですがね。
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by yuzuruzuy | 2012-07-13 23:06 | 日記


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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