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『突撃』

1957年 キューブリック映画

第一次世界大戦における独仏戦争は膠着状態が続いていた。
戦況を打破するためフランス軍ダックス大佐の指揮する部隊に敵陣陥落のための突撃命令が下される。
ダックス大佐は死者を増やすだけだと上司であるミロウ将軍に反対するも突撃命令は覆らない。
結果、無謀な作戦と敵からの絶え間ない砲撃に士気の下がった兵士たちは突撃を実行することができず退却してしまう。
ダックス大佐の部隊は命令に従わなかったとして軍法会議にかけられ、そのうちの3人の兵士に処刑が言い渡される。ダックス大佐は兵士たちを守ろうと軍法会議で上層部に立ち向かうが…。

無謀な突撃命令を実行できなかった兵士たちは“臆病”な罪人として自国によって殺される。
“ドイツの弾が嫌ならフランスの弾をくらえ(ミロウ将軍)”
日本で言えば太平洋戦争での“お国のため、天皇のため”という論理
ミロウ将軍は進軍しない自国の部隊に向けて砲撃しようとさえする。

それにひとりで立ち向かうダックス大佐がカッコよすぎた。
大佐を演じるカーク・ダグラスはあのマイケル・ダグラス(名前しか知らんけど)の父親。
イギリスの文人サミュエル・ジョンソンの言葉
“愛国心は卑怯者の最後の隠れ家”を引用したり、
退却した兵士を批判する将軍に、“臆病な姿こそもっとも人間的だ”と訴えるなど、
上層部への皮肉を込めた言い方がまさにこの映画の伝えるメッセージだと思った。
そんなまっとうな訴えが“理想論だ”と相手にされないところに戦争の異常さや馬鹿馬鹿しさが描かれていた。

突撃前夜の兵士の会話シーンも印象的。
どんな死に方が嫌かと死にざまについて語る男に、聞いていた男が一言
“おれにわかるのはだれも死にたくないってことさ”
“死にたくない”当たり前のことだけど、これが一番ずっしりきた。

88分と短い映画ながら細かいところに鋭い風刺がぎっしり。
『フルメタル・ジャケット』同様、この映画自体が、戦争についての議論のようだった。
ひたすら悲しい特攻隊のドラマばかりつくる日本で、こんな映画はできるだろうか。
もしあるなら観てみたい。

悲劇をただの悲劇として終わらせてしまっては、何も変わらないんだろうな。

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by yuzuruzuy | 2011-02-25 17:23 | 映画

『ロリータ』

1962年 キューブリック監督作品

原作はロシア出身のアメリカ作家ウラジーミル=ナボコフの小説。
“ロリコン”とか“ゴスロリ”の由来ともなったロリータ…聞いたことしかなかったけどキューブリックの映画があるとは知らなかった。90年代にも他の監督で映画化されている。

キューブリック映画は終わってから味わうなんじゃこれという複雑な感覚が特徴だと思うが、
今回はラストシーンで全身に鳥肌が立った。
冒頭にいきなり結末と思われるシーンを見せて、そこから過去へと遡る演出になっていて、
見る側にある程度それまで起きたことを予想させるようになっていた。
終わってみると自分が予想していたのとは展開が180度近く違っていた。
そこで最後にもう一度流される冒頭のシーンがもう…ゾクゾクゾクッ!
まさかこっちがあっちであっちがこっちとは…。

題名からして変態映画だと思ったけど、そういうシーンは全くない。
なくてもまぁ変態は変態だが(笑)
それでも映像できれいに見せたり、ところどころブラックユーモアを交えて笑わせるのはさすが。

過去の回想が始まってからはゆったりしていてキューブリックっぽくないかなと思った。
だが、徐々に狂っていく展開に引き込まれてあっという間の2時間半。

詳しい内容についてはもうちょっと整理が必要。
キーワードは偏執的な愛、束縛、嫉妬…なんか重いな。
ドロドロな感じをロリータ役の女優の溌剌さが中和していたと思う。
調べてみたら本人はこの映画のせいでなかなか壮絶な人生を送っているようだ…。
書きたいことあるけどあんまり書きすぎたら面白くなくなる気がするのでやめとこ。

なかなか衝撃的な映画だった。

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by yuzuruzuy | 2011-02-24 16:26 | 映画

『フルメタル・ジャケット』

1987年 キューブリックの反戦映画

戦時下の狂気をこれでもかと映像化しながら
戦闘から離れた日常場面は微笑ましくもありつつ
それらに似合わない明るい音楽や馬鹿馬鹿しい掛け声とのギャップで奇妙な感覚に陥った。

訓練生“デブ”のレナード(野爆川島似)の始めのにやけた目つきが
最後には別人のように変わってしまったシーンと
ラストのベトナム人女の“Shot… me…”の表情
この2つのカットは一度見ただけで脳裏に焼きつく。

役者の演技力はもちろんだけど、
キューブリックは登場人物一人ひとりに
強烈なインパクトを持たせる演出が上手いのだと思う。
この映画に登場するのもクセのある人間ばかりだった。
狂気の中でこそそれぞれの人間のうちに生きてくるものがあるのだろうな。

ドキュメンタリーのようにリアルに
本気で戦争に向き合い
本気で戦争をこき下ろしているような
いろんな意味で凄い映画。
見ていて自然と身体が画面に近づいたり、離れたりしながら、
自分の感情も激しく揺さぶられる感じがした。

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by yuzuruzuy | 2011-02-23 23:55 | 映画

『PUNK OPERA 時計じかけのオレンジ』

舞台版・時計じかけのオレンジ
演出:河原雅彦
主演:小栗旬

【感想(殴り書き)】
アンソニー・バージェスによる原作と、スタンリー・キューブリックによる映画の両方を踏まえた作品だった。
“選択の自由”という作品のテーマを、2つの結末に託して表現していた。映画しか観たことがなかったので、『時計じかけのオレンジ』が持つ新たな一面を観れた気がする。そして、原作と映画がもつギャップを突くように、この舞台でしか生み出せないようなシーンも多かったと思う。登場人物に、「こんなシーンは原作に無かった!」と言わせたり、休憩前の説明などのライブ感のある台詞は舞台ならでは。ロドビコ療法のシーンをまたいだ休憩中、小栗旬はずっと椅子に拘束され舞台上の箱に閉じ込められている状態で、その間も叫び声が聞こえて、劇は続いているように思わせるなど、不気味な雰囲気が続いていた。そして映画版同様、音楽が良かった。音楽で表現するシーンでは演奏するバンドの姿が舞台上部に透けて見える演出。舞台構造は左右両面が大きな鏡の壁になっている。後ろはヴィジョンになっており、それぞれのシーンに合わせた映像が流れる。主人公が老婆を殺害するシーンでは、老婆の生涯が撲殺されるまで走馬灯のように流れる。ベートーベンの肖像と主人公の顔が重なり合うような映像が特に印象的だった。台詞のナッドサッド語(近未来のスラング)が作品に及ぼす影響も改めて感じた。私生活でも使いたくなるくらい。結末について、いきなり世界が変わってしまったような違和感はあったが、小栗旬の歌声が聴けて観客は満足なんじゃないかな。武田真治が老人役からコミカルな役、目立たない脇役まで、彼とは気づかないような演技で、個人的に一番。もちろん、休憩時間も(おそらく)舞台上にいて、同じ人物とは思えないほどさまざまな顔を持つ主人公アレックスをぶっ通しで演技した小栗旬も凄い。歌はあんま上手くなかったけど、魂こもってた(何様?)。映画の印象が強すぎたので、ちょっと物足りない感じもあった。もっと不気味な作品を予想していたけど、意外に爽やかに思えたのは、2番目の結末の効果だろう。ひとまず原作を読んでみよう。
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by yuzuruzuy | 2011-02-12 23:45 | 表現

20110211

有線から知らない曲が励ましてくるラーメン屋


社長の写真が教祖みたいに


充電切れるかもという報告


独り言が意味を持たずに奇声


自分の血液型が批判されている


何型だからで済む問題か


伸ばしたら天パという坊主の発表
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by yuzuruzuy | 2011-02-11 22:40 | つぶや句

『文章読本』 三島由紀夫

 本の山からもうひとつの『文章読本』三島由紀夫版。厳格なイメージを勝手に持ちながら読み始めたのだがそれは第一章の終わりですぐに覆された。
私はなるたけ自分の好みや偏見を去って、あらゆる様式の文章の面白さを認め、あらゆる文章の美しさに敏感でありたいと思います。(p12)
 “三島先生、よろしくお願いします”と、この一文で一気に引き込まれた。この『文章読本』で著者は、徹底して読み手の視点からさまざまな作家の名文を分析する。第一章(p10)に書かれている通り、“普通読者”を“精読者(リズール)”の領域に導こうとするもの。
第二章は、谷崎潤一郎の『文章読本』と同様、韻文、散文、日本語文、英語文、さまざまな文章についてその特徴が分りやすく書かれている。なかでも日本語と英語それぞれの発達と変化の違いを、町並みや建造物に関係させて説明したり(p35)、文章の味わい方を散歩や酒に喩えて語る(p43)など、著者独特の美しい文体も味わいながら読める。例文として引用された各作家に対する分析は鋭く、森鴎外の文章については本を通して尊敬の念が伝わってくる。多種多様な名文が引用されているので、三島由紀夫の解説と照らし合わせながら精読を重ねたい。よき書き手である前によき読み手であれとはまさにこのことだと思わされた。
 谷崎版もそうだったが、すらすらと読み易い文章だけど、一度じゃ分らないほどの内容が詰まっている。自分の精読力の未熟さと、作家の飲み込みやすいけど栄養たっぷりな文章の力を思い知る。
私はひとりの小説家であります。机に向かっています。空中の窒素と酸素を化合させて、ある種の薬品を作る人のように、私はなんにもない空中から何らかの元素を抽出して、それを文章に固定します。(p186)


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by yuzuruzuy | 2011-02-08 20:46 | 読書

20110206

店員に勧められた服で友の失笑を買う


三巻が二冊


文末の音符マークが爆弾みたいに


同調したつもりが反論されている


内気だがアウトロー


泣き虫と罵られまた泣いた
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by yuzuruzuy | 2011-02-06 15:17 | つぶや句

『芸術脳』 茂木健一郎

 脳科学者・茂木健一郎とクリエイティブで活躍する著名人たちの対談集。最近Twitterで茂木さんのツイートを読んでいて、サッカー観戦中のはっちゃけたつぶやきや、議論を巻き起こす問題提起力に改めて面白い人だなぁと感じ、積ん読本の山から掘り出して読了した。
 対談の中で特に印象に残ったのが、イギリスのコメディ、『リトルブリテン』のマット・ルーカスとデヴィット・ウォリアムズ、『広告批評』の編集長、天野祐吉、『東京タワー』のリリー・フランキー。
 なかでも『リトルブリテン』のユーモアについての話は、最近僕の日記のテーマであった“笑い”について真剣に考えることについての彼らなりの答えが見えて、とても面白かった。
マット:思うに、(イギリスには)題材になるなにかがしっかりしたものなら、コメディで笑われたくらいでは揺らがないっていう確信があるんじゃないかな。

デヴィット:対象からユーモアを見いだすことは、それを祝福することだと思う。ユーモアがあれば、そこに人間性や生命力も見えてくるじゃないですか。
 確かにユーモアは英語で書くとHumorで、Human(人間)と同じ語源を感じる。また、階級社会だったイギリスでは最初からタブーを題材とするコメディが受け入れられたわけではなく、多様化する社会の中で変化を敏感に感じ取ったモンティ・パイソンなどの過激なコメディが作られるようになって論争が巻き起こり、みんなが意識するようになった。それが下地になり今の『リトル・ブリテン』があるんだ、という話は、タブーに囚われてしまう日本人として身につまされる。
茂木:社会がタブーだと見なしているトピックに対して笑うことで、そのタブー全体の本質や形をよりクリアに理解することができるんですよ。
 笑うことで壁がなくなるのは事実。ユーモアで新たに見えてくる部分があるということを日本人も気づくべきだと思う。強く共感した。他にも、“笑い”について、ここ最近考えてきたことと重なる部分が多く、また、僕も好きな『リトル・ブリテン』の製作者たちの本音が聴けてしびれる読書体験だった。長くなるのでこの辺で。
 天野祐吉氏との対談では“批評”について、このブログで本の感想について書くときにためになる話が多く、リリー・フランキーとの対談ではゆるいけど本質的な、独特な空気を味わえた。これらはどれも本の後半部分で、前半部分と繋がるテーマが多く、読み進めるうちに、あ、あの話だと気づいて何度も本をめくって見直した。これだけ一貫性のある対談集になったのも、茂木さんの引き出す能力の賜物だと思う。
 それと、本の中で、パリの地下墓地(カタコンベ)が言及されていたのだが、そこを読んで家に帰ると偶然見たTVでまさにその場所が紹介されていた。そんな不思議なシンクロ体験もあってびっくり。他にもユーミンやいとうせいこうなどさまざまな人が出てくるので、別の機会にも繋がりそうな気がする。またどこかで引用させてもらおう。


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by yuzuruzuy | 2011-02-05 23:58 | 読書

『文章読本』 谷崎潤一郎

 文豪・谷崎潤一郎による文章論。今までは名前を知っているだけで彼の文章に触れたことはなかった。1886年、僕の生まれる100年前に彼は生まれたらしい。芦屋市に谷崎潤一郎記念館もあるので、一度訪れてみたい。
 文章の視覚的効果と音楽的効果という2つの感覚的要素があるという説明や、日本語と英語の比較などからも分かるように、谷崎潤一郎という小説家は、言葉について幅広く研究し、それを自身の作品に注ぎ込んだ人なのだろうと思う。この本を読んだ今、下手な文章を書けば即、筆者から“悪文の手本なり”と罵られてしまいそうな気さえする。当然のことだが、上達するためには文章に対する感覚を研くことが必要。この本の中ではテーマに沿ったいくつかの例文を谷崎さんが解説してくれるため、説得力がある。ですます調で“~であります”とか“皆さんは”と、教師が呼びかけるような文体は文豪のイメージとは異なり親しみやすかった。いくつかキーワードを挙げておく。

・小説の文章とは最も実用的な文章であるべき。「華を去り実に就く」ような、無駄な飾りを切り捨て引き締めることで一層印象がはっきりするものであるべき。

・人に「分らせるように」書く秘訣は、言葉や文字で表現できることとできないこととの限界を知り、その限界内に止まること。

・簡潔な美しさと云うものは、その反面に含蓄がなければならない。単に短い文章を積み重ねるだけではなく、それらのどれを取っても、それが10倍20倍に伸びるほど中身がぎっしり詰まっていなければならない。

 自分が感じた大まかな結論は、今までの言葉の訓練と重なる部分が多かったが、一見ひとつひとつの単語の意味の力が小さくなりそうな小説における一文でも、何度も削られ、研かれたものでなくてはならない事を実感した。文章を書く人にとっては、身が引き締まる本。意外にすらすらと読めた。
 文字の字体からルビ、見えない間隙といった文章の細かな要素がもたらす効果を緻密に分析しようとする美意識に脱帽。谷崎作品にも触れてみよう。


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by yuzuruzuy | 2011-02-04 22:43 | 読書

ガラパゴス

調べ物と考え事とその他もろもろで眠れない夜。何気なく、アラーム用の古い携帯電話を開き受信メールフォルダを読み返す。友人たちの言葉が過去の記憶を呼び覚ます。優しいなぁ。面白いなぁ。なんじゃこの絵文字センス…。当時よりも深く沁みて来る。自分の送信メールの文調が若い。過去なのに生き生きしている。フォントが違うせいだろうか。あんなこともあったけ。こんなこともあったっけ。あいつどうしてんだろう…。今さら必要ないのにそれらのメールたちを“保護”する。ベッドに横になり夢心地。気づけば夜明け。ハッとする。ここ数日の僕の携帯受信は、ほとんど迷惑メール。携帯を触れば、それらを“消去”してばかり。ゾッとする。“消去”されていく悲しい現在(近過去)を補うための、楽しかった過去の“保護”だったのか。アドレスを変えようか。面倒だな。新しい携帯がほしい。アンドロイドがほしい。

朝だ。もうすぐアラームが鳴る。くるりが流れ始める。宅急便が来る。洗濯をしよう。出かけよう。今日は暖かくなりそうだ。ぐっどもーにんぐ!
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by yuzuruzuy | 2011-02-03 08:58 | 独り言


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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