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20110131

今日までのクーポンがあるから24時まで居る


工事現場の男に導かれて遠回り


タン塩にタレをつけて食べる祖父を咎める祖母


下の部屋でラブソングがリピートされている
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by yuzuruzuy | 2011-01-31 23:59 | つぶや句

『2001年宇宙の旅』 アーサー・C・クラーク

 キューブリックの有名映画の小説版。まだ人類が月に到着していない時代に書かれたとは思えないほど、細かい描写でリアルに描かれている。星空の向こうには夢が一杯。宇宙から見た人間の存在ってなんだろう?そんなことを考えさせられた。映画も観てまた読み直そう。でもこれ映画化できたのか?


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by yuzuruzuy | 2011-01-29 23:37 | 読書

続・笑える世界

おととい書いた被爆者をネタにしたBBC番組について、
Twitterでも話題になっていて、そこから興味深いページへのリンクが載せられていた。
ここからもリンクさせていただきます。


そして問題となった番組映像も。
コメントで議論が交わされているのも
TVニュースだけだと分からなかった部分が見えてくる。



全てが全て“嘲笑”という風には受け取れないし、ニュースでは流れなかった、
イギリスの鉄道をネタにするところなど、コメディとして笑える部分もあるように思えた。
“被爆者”自体を笑い者にするのではなく、その人物に対しての敬意もあって、
あくまで笑わせているのはコメディアンの発想なのだと捉える事ができるかどうか。
それができてるのかな?いや、そこまで深く考えてないだけかも(笑)
にらめっこみたいなもんで、笑ってしまったら負け。
それはそれで分かりやすい。

日本には“笑う”ことを一方的に悪いことだと思う風潮がある。
そう考えると関西に来て強く感じた、笑われることを“おいしい”と思えるユーモアは凄い。
“笑われる”と思う以上に“笑かしてやる”っていうのが強いから、
貧しさとか、性格の暗さとかネガティブに受け取られがちなものも笑いに転化してしまう。


マスコミの世論を煽動するような報道の仕方や、
原爆をタブー化してすぐに蓋をしてしまう日本人の価値観についても、
見直していかなくてはならないと思った。

んーそんなこといちいち考えてたら簡単に笑えないな。

日本が抗議して価値観をぶつけたことは正しいと思う。
ただ“謝れ”だけで済ますんじゃなくて、
そこから議論が進んでお互いの価値観を理解することが必要だ。
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by yuzuruzuy | 2011-01-23 20:27 | 表現

笑える世界、つくろうや。

BBCが広島、長崎で二重被爆した男性を「世界一運が悪い男」とジョークにして放送したらしい。
イギリスの皮肉な笑いは好きだけど、国営放送でこれは…いくらなんでもやりすぎ。
今回放送された映像を見ると“無神経”としか言いようがない。

悲劇の中に喜劇を見出すような笑いはよくあるけれど、
原爆は日本人にとってナイーブすぎるテーマで、悲劇にしかならないからなぁ。
イギリスが被爆国だったらそれすら自虐的に笑いのネタにするのだろうか?
そのジョークに国民は笑うのだろうか?
しかし逆にそれを日本がやってしまったら、国際的な目は変わるのではないだろうか?
その自虐ネタができるのは日本だけ。これは武器にもなる。
日本おもろいやん!腕上げたなぁ…!
…なんて事には、なるわけないな。あくまで妄想です。

今思い出したが、広島では小学校のとき夏休みに“原爆教育”というのを受けていて、
毎年原爆についての映画を見せられた。
その中で、なぜ広島が選ばれたのかというシーンで、いろいろな要素があったなか、
最終的には実行される日の天気で決まったという。
それを知った幼い僕の純粋な反応は“何で広島なんじゃ”という無責任な考えだった。
もはや“運悪いな”と同じくらいの感覚だったかも知れない。まだまだ子供だったな。


僕の祖父は広島で被爆したけど、それを「運が悪かった」などとはひとつも思ってないはず。
むしろ被爆後何の後遺症もなく助かったことを「運が良かった」と思っている。

でも外国からみたら、原爆投下も「不運」な出来事と片付けられてしまうのだろうか…
立場の違いでこれほどまで受け取り方が違う。笑える人もいれば笑えない人もいる。


ひとつの表現に対して、相手がどの部分に不愉快になっているのか?
どの部分に笑っているのかは、相手によって違う。
そこんところを深く考える必要があると思った。

この番組を放送した人も、深く考えてなかったのだろうけど、
イギリスが核保有国だと思うとなおさら笑えない…


いつか核兵器がない世界で、
原爆が“ありえない話”として、
世界中の人を笑わせている事を願います。
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by yuzuruzuy | 2011-01-21 19:55 | 表現

『新しきこと 面白きこと  サントリー・佐治敬三伝』 廣澤昌

 サントリー二代目経営者の佐治敬三の伝記。
 父・信治郎と同じくサントリーと駆け抜けた生涯だった。タイトルでもある「新しきこと 面白きこと」を求め続けた敬三。その元となった言葉はp50に登場する。「エトヴァス・ノイエス」(何か新しいことはないか)。大学で教わっていた教授がドイツに留学し、ノーベル科学賞受賞博士のもとで研究していたとき、その博士が毎日欠かさず朝夕二度、「エトヴァス・ノイエス?」と尋ねたというエピソード。真理の探求に休みはない。そのくらいの心がけで研究しなければと教授は思い返したという。その話から悟った佐治敬三の、常に革新を求め続ける、真剣勝負の毎日が、サントリーを進歩させつづけたのだな。
 2~4章の今も人気のウィスキー製造や、広告、ビール業界参入についての部分はのめりこんで読んだ。なかでもウィスキーに込められた思いに感動した。サントリーウィスキーの歴史は日本ウィスキーの歴史だ。スコッチの蒸留所を訪れ、それまで父が築いてきた道、山崎蒸留所が間違っていなかったことを確認したあと、敬三は決意した。
スコッチはスコッチの道を往け。日本のサントリーはまた堂々と我が道を往くのみ。p64
 原酒や樽の種類についても説明されていて(p66,p86 etc..)、分かり易い。またそれぞれのサントリー銘柄へ込められた思いには、今すぐにでも飲みたくさせるものがあり、部屋に飾っているミニチュアボトルを眺めながら読んだ。「山崎」のラベル文字は、敬三本人によるものだと初めて知った。(p107)「響」の着想は、ブラームスの交響曲第一番から得たというのも興味深かった。No music, No whisky.
敬三は、ウィスキーをアルコール飲料ととらえ、酔いに至らしめる飲物と考える生理的なとらえ方を強く否定した。「豊かな時間」の創出という文化的効用を強調した。(略)良い製品を、じっくりと時間をかけてつくり、人々にゆったりとした楽しい時間を提供する──(p113)

ボトルに封じたのは、降り積もった時間の宝石であり、人々のくつろぎのひとときを開く豊かな時間であった。(略)敬三は、生活文化全般のマスターブレンダーでもあったといえるのである。(p114)
 先にもミニチュアボトルについて書いたが、僕は空けた酒のボトルを部屋に飾っている。その中にはウイスキーの残り香と共に楽しかった思い出の時間が詰まっていると思う。それ以前に、ウィスキー自体にも、たくさんの人々や自然が関わってきた時間が詰まっていたのだなとこの本を読んで実感した。これからひとりで飲むときには、そうした、作り手の時間を共有しながら飲みたい。
 地元関西経済界にとどまらずヨーロッパのワイン農園再興にまで乗り出し、また芸術、音楽などの文化振興と奔走する姿はとてもひとりの人間の一生とは思えない。開高健、カラヤン、安藤忠雄、歴代政治家など、さまざまな人物との出会いから道が開かれ、ひとりの男の人生が、小説のように面白いものになっている。
 子供たちが額の黒子をボタンのように押すと敬三が“ビー”と声を出すというエピソードがとてもいい役割を果たしていた。長女の結婚前と敬三の葬儀での“ビー”には、不覚にも泣きそうになった。(p286,p347)他にも面白いエピソード満載で、読んでいて自然に心楽しくなってくる。ビール一滴で蕁麻疹が出るほど酒に弱かったにも関わらず、人間・佐治敬三に惚れてサントリーに入社したという、元同社コピーライターの著者が書く文章が力強く、サントリーの世界に引き込まれるようだった。
 「真善美」「美感遊創」「エトヴァス・ノイエス」「やってみなはれ」。どれも心に留めておきたい言葉である。



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by yuzuruzuy | 2011-01-19 20:21 | 読書

『チャンピオンたちの朝食』 カート・ヴォネガット・ジュニア

 ヴォネガットの小説はいつも話の筋になかなか掴みどころがない。そしてこの作品は今までにましてストーリーが掴めなかった。読んでいて、いるのかいないのかも分からない透明のウナギを捕まえろ!と命令されている気分。狂った登場人物たちによる、でたらめな事実が箇条書きで続いていく。訳者のあとがきによると、“ヴォネガットが書いた最も直接的なアメリカ批判の書”なのだという。確かにその通りで、“ヴォネガットらしい”宇宙を感じさせられる途方もない視点から見たアメリカという国を、かなり痛烈な言葉で批判したり皮肉っている文章が多く目に付いた。例えば、コロンブスがアメリカ大陸を発見した“1492年”について…
先生たちはこの国にこの大陸が発見された、と子供たちに教える。ところが、1492年のこの大陸には、すでに何百人もの人間が、充実した、想像力豊かな生活を送っていたのだ。この年は、海賊たちが、その人間たちをだましたり、略奪したり、殺したりしはじめた年でしかない。p26
 僕はヴォネガットのこういった、国や地球から飛び出したような、俯瞰的な視点から皮肉った文章が好きだ。読んでいる自分も一緒に異空間に連れて行ってくれる。見たことのない景色を見せてくれる。自分が宇宙人であるような気分すら味わえる。他にも、黒人奴隷問題やベトナム戦争についても、ブラックユーモアを交えて書いてある。
 そんなヴォネガットの伝えたいエネルギーは凄く感じられるのだけれど、いかんせんストーリーが意味不明。ついには語り手である作者自身も、創造主として小説の中に登場して、もはや『ソフィーの世界』的混乱状態。
なにがアメリカをこんなに危険で不幸な国、実生活でなにもすることのない人びとの集まった国にしているのか、いったんそれを理解したとき、わたしはストーリーテリングを避けようと決心した。人生について書こう。どの人物にも、ほかの人物とまったくおなじ重要性を与えよう。どの事実にもおなじ重みを持たせよう。なに一つなおざりにはすまい。ほかの作家たちには、混沌の中に秩序を持ちこませておけ。わたしは逆に、秩序の中へ混沌を持ちこもう。自分ではそうしたと思う。p264
 こんな弁解めいた文章もあって、でもこの一節がこの作品をよく表してる。ヴォネガットの小説はどの登場人物も狂おしく、愛らしく描かれているのだ。なんじゃこりゃとしか言えないのは、まだ僕の読書経験、ヴォネガット経験の不足が致すところでもある。しかし、頻繁にはさまれる作者自身によるヘタウマな挿絵も一役買っているし、キルゴア・トラウトやローズウォーターといったほかの作品でなじみのある登場人物も出てくるし、他の作品も含めて何度か読めばヴォネガットの世界がより楽しめると思う。
 作中に出てくるトラウトの『いまこそ話そう』という架空の小説の、自分だけが自由意志を持っていて、他のみんなはなにも感じない機械だ(p317~)という表現は、現代社会の人間関係を言い当てているようで面白いけれど、怖さも感じる。
 ひと言じゃ言い表すことができない“その他いろいろ”なもの。そこに人生の実質があるのかなぁ?
 今まで読んだなかで良くも悪くもいちばんデタラメな小説だと思う。日本語では際どい(てかアウト!?な)ワードも多いので、原文で読んだほうが楽しめるかも。


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by yuzuruzuy | 2011-01-15 01:15 | 読書

『未来世紀ブラジル』

テリー・ギリアム版『1984年』(ジョージ・オーウェル)

どこかの未来都市で生きる冴えない主人公の男が、夢で恋する女性そっくりの人物に現実世界で出会う。

役所で働く男は、断っていた出世を利用して、情報が統制された社会の仕組みに歯向かっていく。

主人公夢の中に出てくる大魔神みたいな甲冑の化け物がシュールでインパクト大。

整形しまくる主人公の母とか、イカれた許婚の女に、ギリアムテイストが感じられた。

目覚まし時計と連動する仕組みのコーヒーメーカーやトースター

近未来を感じさせる演出が多かった

一方で街中は混沌としていたり

昔の映画なのでよっぽど現代の方が未来感が強い気もする。

細かく見るといろんな仕掛けがありそうだと思った。

結末は結構怖かった。

ただのラブストーリーで終わらない、なにか考えさせる作品にしたかったのかな。

それでも最後に流れるテーマ曲には、

優雅でのんびりした雰囲気があって、

まぁ、どうにかなるさという気分になるようだ。

未来世紀ブラジル [DVD]

ジェネオン エンタテインメント


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by yuzuruzuy | 2011-01-13 22:58 | 映画

『やってみなはれ みとくんなはれ』 山口瞳 開高健

 サントリー宣伝部出身、ふたりの作家が綴るサントリー社史。

【青雲の志について ─小説・鳥井信治郎】
 直木賞作家、山口瞳による創業者鳥井信治郎の物語。“サントリーの社史を書くということは、鳥井信治郎の伝記を書くことである”。寿屋から始まったサントリーの歴史は、鳥井信治郎の人生そのものだった。自分も好きな“やってみなはれ”という言葉に隠された歴史が、司馬遼太郎の小説のような熱い文章で描かれている。著者は鳥井信治郎と自らの父親を対比させつつ、そこに似ているものを感じた。仕事にかける突進力…その源を「青雲の志」と名づける。
私は、それを「青雲の志」と名づけたい。そうは言っても、それは、なにやらわけのわからぬものである。明治にあって昭和にないものという言い方ができるかもしれない。当代に最も稀薄なるものといってもいい。p86
 「青雲の志」をエネルギーに、鳥井信治郎とサントリーはとどまることなく驀進する。赤玉ポートワインの売り上げが安定してきたにも関わらず、その資産を注ぎ込んで、前例のない国産ウィスキーの製造に乗り出し、自ら苦難の道を選んで進む。今当たり前のように“サントリーのウィスキー”と呼んでいるものにこれほどの歴史と執念が込められているとは…。そんな明治の青雲の志を感じながら、サントリーを飲みたいと思う。
 「名を捨てて実を取る」(p22)、「陰徳あれば陽報あり」(p38)といった、東京生まれの山口瞳が見た鳥井信治郎の大阪商人的気質や、経営者としてのポリシーにも共感する部分が多かった。文章から創業当時からウィスキー製造まで突き進む寿屋(のちのサントリー)の熱気がむんむん伝わってくる。

【やってみなはれ ─サントリーの七十年・戦後篇】
 芥川賞作家、開高健による戦後サントリーの挑戦の物語。戦後の焼け跡から、日本の復興を引っ張ってきたサントリーの歴史と
二代目・佐治敬三という人物、そしてビールへの挑戦について書かれている。開高健の文章をまともに読むのは初めてだった。
大阪人らしいユーモアを交えた知的な文章だと思った。サントリー・ビールが目指す味に関する、飲みスケについての考察の部分が面白かった。
飲みスケというものは、その昂奮の絶頂時においてこれを観察すれば、怪奇、不可解、泣くもあり、笑うもあり、口から泡をふいて、レロレロと、タハ、オモチロイなどと口走り、朦朧、混沌。さながら赤土のごとくだらしないのであるが、それでいて異様なまでに微細なことを執拗におぼえこみ、肉体にきざんで、いついつまでもこだわるという厄介な特殊反応を持つのである。p268
 前半は戦後復興の中で日本のウィスキーを確立させた時期について。後半は二代目・佐治敬三の物語。
現在のビジネス界の“二代目”といわれる人びとにはしばしば“一代目”、創始者としての父の遺産を継いで、父のそれとは異なる発想と手法においてではあるが、“遺産”を守るだけではなく、それを新鮮にし、活力をあたえ、大跳躍を試み、その成果において“一代目”なのか“二代目”なのかわからなくなる。p253
 そんな人物のなかでも抜群の一人であった佐治敬三のサントリーは、当時サッポロ、アサヒ、キリンの御三家が支配していたビール業界に飛び込んだ。もちろんそこでも苦難の道が待っていた。苦しみながらそこから学び、サントリー・ビールはついに結果を出す。この作品が書かれたのは昭和44年(1969年)。それから40年近くたった現在、ビールがあまり売れないなかでサントリーはプレミアムモルツで成功している。それ以前にこのような物語があったと思うと、感動すら覚える。
 
文中、ここぞというときに出てくる“やってみなはれ”その言葉が出てくるたびにゾクッとする感覚があった。
細心に細心をかさね、起り得るいっさいの事態を想像しておけ。しかし、さいごには踏みきれ。賭けろ。賭けるなら大きく賭けろ。賭けたらひるむな。徹底的に食いさがってはなすな。鳥井信治郎の慣用句“やってみなはれ”にはそういう響きがあった。八十三年の生涯にもっともしばしば彼が使った日本語はこれである。p262
 僕が思っていたような、生半可な言葉とは違いました。
 この本の題名がサントリーの社風そのものだと思う。


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by yuzuruzuy | 2011-01-12 12:05 | 読書

『ロシアン・ドールズ』

スパニッシュ・アパートメントから5年後。
物書きになったグザヴィエの恋の物語。

やっぱりヨーロッパ良いなぁー。
大阪~東京の感覚で、
パリ~ロンドンを行ったり来たりできるんだもの。

前作ではそれほど目立たなかったイギリスっ娘ウェンディが、
みるみるうちに魅力的になっていくのがみどころ。

今回は、早送り映像とか、太鼓持ちならぬ笛吹きグザヴィエが登場したり、
コミカルな撮影法がさらに増えていたような気がする。

同性愛者イザベルが、グザヴィエの婚約者のフリをして、
グザヴィエの祖父に会うシーンは、吉本新喜劇的で笑えた。

ウェンディの弟ウィリアムの結婚パーティーでの、
仲間たちからの祝辞と、皆で踊るシーンが良かった。
結婚式に他国の友人を呼ぶとか、そうそうできることではない。
しかしそれもヨーロッパならできそうだから凄い。

ダメダメ男グザヴィエの右往左往に、
女の人は共感できるのかなぁ?
しっかしグザヴィエ、なんでそんなにモテるのだ?

駅でのグザヴィエに向けたウェンディの台詞がとてつもなく切なかった。
あんな台詞言われてみたい、でも言わせるような男になっちゃダメだなとも思った。

前作のテーマから一歩進み、少し大人の映画になっている気もした。
インターナショナル感は薄まったけど、映画としての雰囲気は凄く好き。

生まれ変われるなら、次はヨーロッパに生まれたい。
そして生まれ変わる前に、一度はヨーロッパに…
そう思わせる映画。

ロシアン・ドールズ-スパニッシュ・アパートメント2- [DVD]

角川映画


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by yuzuruzuy | 2011-01-11 01:11 | 映画

『密会』 安部公房

 正月に地元の古本屋で見つけた。これで14冊目の安部公房。新潮文庫では残るは2冊。廃版になったのとか見つからないかなぁ。この作品は『箱男』の次に書かれた作品らしく、解説でも述べられている通り、『箱男』が覗き屋の小説ならば、この『密会』は盗聴者の小説。『箱男』のように、男がノートを書きながら物語が進む。

 突然救急車で連れ出され、病院内で失踪した妻を、主人公の男は録音テープを手がかりに探す。その過程で、男は自らも病院という異常者たちの空間にすっかり迷い込んでいく。
もしかすると妻はとうに家に戻って、男を待ち受けているのかもしれない。p100
 『燃えつきた地図』を思い出させる、失踪者と追跡者がいつの間にか入れ替わってしまう構図。それはまさに“自分との鬼ごっこ”(p76)である。
 テーマは現代社会における性的表現の氾濫らしく(あとがきより)、病んでいる現代社会=病院に置き換え、奇怪な医者や患者たちが登場する。馬人間とか、身体が綿になる病気とか、発想爆発。
 言葉だけで現実から完全に隔離された空想世界を作り上げてしまう安部公房。その文章力は健在で、今回特に目に留まったのが、比喩。異常な状況をそのまま書くのではなく、その場と全く関係ないような例えで包んで表現している。でもそれが余計に狂気やグロテスクさを際立たせてしまうのが、安部公房的ブラック・ユーモアだったりして。
まるで廃品回収のトラックから逃げだしてきた虫食い人形一座の気違いパーティじゃないか。p128

黴がはえた中華料理の材料のような×××が、金属タワシのような毛と一緒にだらりと垂れ下がっている。p176
 奇抜な発想のみならず、こういう想像を掻き立てる表現力が、安部公房を無性に読みたくさせるのだと思う。結末はなかなか重かった。


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by yuzuruzuy | 2011-01-08 19:22 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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