カテゴリ:独り言( 19 )

AMOL(+)

ありきたりで恥ずかしいけど真面目なことを。

まぁいつも充分恥ずかしいこと書いてるか。

A meeting only once in a lifetime.

恥ずかし隠しに英語で書いてみたけど、

逆に恥ずかしさを全面に押し出してしまったな。

簡単に言うなれば一期一会。

タイトルからそう言えば良かったか。


もしかしたら今近くにいる人が、

自分の人生を大きく変える人物かもしれない。

何気なく暮らしていると忘れてしまって

みすみす逃してしまうけれど、

何とか自分の力だけで生きていこうと、

見てみぬふりをしてしまいがちだけれど、

その出会いを大事にするのも自分の力なのです。


最近見たテレビ番組で身に沁みて思う。

伊丹十三の特集。

父親へのコンプレックスにも似た感情と向き合った結果、

映画監督として現在でも色あせない作品を生んだ伊丹十三。

伊丹一三から十三へと改名して、

マイナス(-)の感情をプラス(+)へと変えてみせた。

そのころ心理学者岸田秀の『ものぐさ精神分析』との出会いもあって、

伊丹十三は彼を父親の墓前に連れて行くまでの仲になった。

映画監督となってからは、妻の宮本信子をヒロインに起用して名作を残した。

もうひとつ、

オウム真理教の特集。

一方で、

ひとりの人間に着いていき、人生を狂わせた人々。

彼らのどこかに、自分の意思はあったのかな?

“たとえ洗脳されていても、自分の意思。”

再現ドラマの元信者の台詞にそんな風な言葉があった。

いろいろ考えさせられた。


人との出会いはプラスにもマイナスにもなって、

どちらに傾くかは自分次第。


最近川原にホタルを探しに行ったら、

運良く3匹ほど見つかった。

綺麗に果敢なく点滅して漂うホタルの光。

人との出会いも、

そんな感じだと自分に言い聞かせて、

見逃さないようにしないとな。


最近A-studioっていう番組が結構好きでよく見ている。

アシスタントの女の子がタイプで見始めたのだけれども(苦笑)

業界人一般人関わらず身の周りの人にゲストについて語ってもらって、

最終的に司会の鶴瓶が語るゲストの人柄についてのコメントが結構感動する。


自分のことを心から語ってくれる人が今、

身の周りに何人いるだろうか?

まだまだ頑張らないとな。


そして自分も、

熱く語れるような人たちを、

身の回りでもっと増やしたいと思います。

うん。
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by yuzuruzuy | 2012-06-09 00:55 | 独り言

間違うことと大人になること

間違うことは恥ずかしい

恥ずかしいうえに叱られたりすると

ひどく落ち込む

それでも

間違わないで

何にもぶつからないで進んでいると

このままでいいのかと

だんだん不安になってくる


間違って

間違っていた自分に気づいて

恥ずかしかった自分を知って

一度落ち込んで

二度と繰り返さないと心に決めて

立ち直って

何度も転んで立ち上がって

それで大人になっていくのだと

この歳になって気づいた


最近の自分はどうか

何かを間違えている気がするのだけど

それが何かが分からない


何かに躓きかけながら

おっとっとっと

と、進んでいる

小石が落ちていたのか

油にまみれた道なのか

誰かに足を引っ掛けられたのか

履いてる靴のせいなのか

それがはっきりしていない

自分に甘いんだな

何が違うのか

どこがおかしいのか

もっと敏感に

間違いを見つけては

削除を繰り返すのだ



タイムマシンに乗って過去に戻れたら

小学生のときの自分に教えてやろう


100点取った花マル答案より

全部間違えて0点の答案のほうが

もう一回別の答えを書いてみようと思えるならば

100点以上の価値があるかもしれない


間違いを“積み重ね”ることで

自分と違うなと感じる部分を“積みへらし”ていく

そうすることでもっと身軽な自分になる


人生は“積みへらし”だ

って、結論がまた岡本太郎の受け売り



間違い、恥かしさ、後悔

なるべくなら少ないほうがいい

そう思ってきたものたちが

本当はなくてはならないものだったんだ

そんなことを

最近よく考える。
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by yuzuruzuy | 2012-02-19 01:15 | 独り言

思いつきの画用紙に自己暗示の鉛筆で

午前4時半、やたら早く目が醒めた。

ベッドの中でしばし見たばかりの夢を思い出したり音楽を聴いたり思案したり。

何か凄くいいこと思いついたはずなんだけど、思い出せない。

いつもそんな気持ちでいられたら良い。

結果本当にいいことを思いついたら儲け物。

何もないところから何かを生もうとしたら大変だけど、

もともとあるはずのものを見つけるんだと思えば、

何でもできそうな気がしてくる。

もともと起きているんだと思って寝たら、今日みたいに毎朝早起きできるかも。

ちょっと違うか。

もともとフランス語が喋れると思って勉強したら、喋れる自分もイメージしやすい。

これは使えるかも。


目標までの道筋が自分の中ではっきり見えれば、たとえスタートにいたとしてもその時点で成功。

少し前に観たテレビで本田圭佑が言っていて、面白いなあと思った言葉。

描きたい画はあっても、どう描くかは分からない。

ヴィジョンを見つけるのが難しいんだなぁ。

まずは描いてみないとな。

「私も描けたらいいな」と思ったら、描いてみるんだ、いや描いてみなければならない。

今すぐに、鉛筆と紙を手にすればいい。
それだけだ。

by 岡本太郎
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by yuzuruzuy | 2012-01-09 06:22 | 独り言

AB

自分の血液型です。

でも出会って間もない人には必ず、A型?と聞かれる。

今日も仕事の片付けをしながら、

明日の朝入る人のことを考えて、

散らかっているところを“これじゃだめじゃろー”と片付けてたら、

後輩に“A型ですか?”と聞かれた。

あの台詞には結構悪意を感じるよ。

それでもし僕がA型だったら、

“あーやっぱり”ってなるんじゃろうな…と。

A型の人はそんなことがしょっちゅうあるんかな?

その後輩の血液型を聞いてみると、O型だった。

前に僕にA型かと聞いた先輩もO型だった。

細々と片づけようとする自分の行為が気に障ったんじゃろか?

そらないよ。

それは、血液型で片付く問題じゃないよね。

神経質とかいう以前に、気配りとか責任感だと思うのよ。

血液型を出す前に、もうちょっと、ちゃんとしようよ。

ちなみに、僕の部屋は今、空き巣が来ても分らないくらいに散らかってます。

家族に純粋なA型はいません。

どちらかといえばB型家系です。


僕のポリシー。

自分から軽々しく血液型を人には尋ねない。

4つの血液型で括れるほど人間は浅くない。


まぁ、ABだから“変”なところに納得されるのは楽っちゃ楽だな。

みんな誰しも“変”なとこは必ずあると思うけど。

おんなじように、“神経質”になってしまう部分は、

場面は違えど誰しもあると思う。


こんなことを、ちまちまと考えるとこがA型っぽいのか?



分ってます。

所詮ネタです、娯楽ネタ。

でも、そんな窮屈な概念、なくなってしまえばいいと思うときが時々ある。

どうでもいいけど鉛筆の芯にABってありそうでないよな。

濃いとか、薄いとか、固いとか柔らかいとか、

そのくらいの気楽な区別でいいよ、血液型も。

この発想は、ちょっとO型っぽくないですか?
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by yuzuruzuy | 2011-10-29 03:13 | 独り言

堂々巡り

前向きにだとかポジティブにだとか

そういうことを押し付けがましく言われることに嫌になって

ふさぎこんでしまっていた時代がありました

そんな時代があったからこそ

苦しみや悩みに向き合いながら

自分は自分で生きていくしかないのだと

人が前向きだとか後ろ向きだとか言うのにかまわずに

進んでいくしかないのだと

そう思える今があるのです

だから、前向きとかポジティブとか、

ここにも時々書くけれど

それは自信なんて代物からくる言葉じゃない

小学校の卒業文集のタイトルに書いた言葉

自信

そんなものはもう捨ててしまわないと

やるしかない

覚悟?

それもなんだか安っぽいな

手垢にまみれた言葉じゃなくて

自分らしさ?

これもありきたり

もっと

もっと

なんだろうなぁ

煮え切らない

なんだ

なんだ

それを見つけるのだ


それを見つけるまでは

いろんな言葉を使ってみて

合わないものは捨て去って

捨てて

捨てて

減らして

減らして

最後の瞬間に残ったものが

きっとそれなんだろう


そんな最後のひと言のために今は

大した意味を込められないままに

こんなにたくさんの

文字を並べ立てているのかもしれない

矛盾?

それもいいかもしれない
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by yuzuruzuy | 2011-10-05 01:19 | 独り言

明日連絡します

携帯電話。

普段はほったらかしにすることが多いのだけれど、

明日連絡しますとか言われたら、

当日は一日中、いつ電話がかかってくるのか気になり、身構えてしまいます。

午前中とかに連絡があればいいものの、

夕方まで連絡がなかったらもう不安で、

こちらからかけることになってたっけ?などと、

自ら記憶を改ざんしてしまいそうになるほどです。

明日連絡します。

その言葉によって僕の一日は相手に掌握されるのです。


本読んでても、自転車乗ってても、パン屋でトングと盆を持ってパンを選んでても、

いつ何時、着信があるか分らない。


ぶるぶるぶるっときて、小型画面を見たら迷惑メール。

もう、携帯なんて窓からわしゃーんと放り投げたろかと思ってしまう。


でも、自分が思ってるほど、相手にとってその連絡は重要じゃなかったりする。

常に、よし、あいつに連絡してやるぞ、なんて思っているわけじゃない。

僕のことを考えるのはせいぜい電話をかける数秒前。

あ、そうだ、なんて具合に、思いついたようにかけてくるんだろうな。

僕自身は電話しようと思ってから実際かけるまで、

かなりの時間を要するのだけれど。

電話で話してる間より電話する前のほうが、

相手のこと考えてるときもあるんじゃないかとさえ思う。


まぁ、もっと気楽になることだな。

相手も他の事で忙しいわけだし。


携帯電話は不安生産機である。


ちなみに睡眠中はだいたい電源切ってます。

そんでアラームかけて目覚めとともに起動させてます。

夜中にかけてくるのは大体おかしなノリだったりするし、

電池の節約になります。

今は迷惑メールがうるさいからってのもあります。(アドレス変えーや。)


あんまり人に話したことないけど、

やっぱ夜中でも電源はつけといた方がいいんかな?


目の前にいない相手の状況と気持ちを考える。

そんなんできたら超能力じゃろ。

そんなんできたら携帯いらんか。

今更ながら、人間の能力を超越しすぎだよ、携帯は。
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by yuzuruzuy | 2011-06-11 23:32 | 独り言

自己犠牲

“俺、人助けしてる”

そんな自己満足的な善意など

本当に助けが必要な人にとっては

押し付けになってしまうのでは

相手が本当は何を求めているのか

自分を捨てて考える

そうしてみると

祈りなんて何の意味もない独りごと

励ましの手紙もただのゴミかもしれない

TVを見て悲しんでも

被災者の気持ちは被災者の人にしか分からない

本当に自己を犠牲にして何かを守るときが

僕にも来るかもしれない

だから

強く生きよう
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by yuzuruzuy | 2011-03-15 03:56 | 独り言

ガラパゴス

調べ物と考え事とその他もろもろで眠れない夜。何気なく、アラーム用の古い携帯電話を開き受信メールフォルダを読み返す。友人たちの言葉が過去の記憶を呼び覚ます。優しいなぁ。面白いなぁ。なんじゃこの絵文字センス…。当時よりも深く沁みて来る。自分の送信メールの文調が若い。過去なのに生き生きしている。フォントが違うせいだろうか。あんなこともあったけ。こんなこともあったっけ。あいつどうしてんだろう…。今さら必要ないのにそれらのメールたちを“保護”する。ベッドに横になり夢心地。気づけば夜明け。ハッとする。ここ数日の僕の携帯受信は、ほとんど迷惑メール。携帯を触れば、それらを“消去”してばかり。ゾッとする。“消去”されていく悲しい現在(近過去)を補うための、楽しかった過去の“保護”だったのか。アドレスを変えようか。面倒だな。新しい携帯がほしい。アンドロイドがほしい。

朝だ。もうすぐアラームが鳴る。くるりが流れ始める。宅急便が来る。洗濯をしよう。出かけよう。今日は暖かくなりそうだ。ぐっどもーにんぐ!
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by yuzuruzuy | 2011-02-03 08:58 | 独り言

倜儻不羈 (てきとうふき)

倜儻不羈

てきとうふき

* てき → にんべん + 周

信念と独立心に富み、才気があって常軌では律しがたいこと


確固たる信念を持って自分の責任のもとに独立し
常識や権力に拘束されることのない自由な人間
自分の理想とする人間に近いと思う


同志社創設者新島襄の言葉
国禁を犯してアメリカへ密航して留学生となった新島襄
黒船に乗り込もうとした吉田松陰然り、
脱藩して日本中を駆け回った坂本龍馬然り、
幕末から明治の激動の中で自由な考え方を持ち
実行に移した稀有な男だったんだろうな

僕の名前「譲」にも海外に行ったとき
Joeという読みができるようにという点で
新島襄が由来の一部となっているらしい
某ぺディアによれば「襄」だけでなく「譲」と表記していた事実もあるようだ
海外でJoeと呼ばれて、日本で襄と名乗り始めた≪逆輸入型Joe≫の新島襄に対し
日本で譲と名づけられ、海外でJoeと名乗れる僕は≪輸出型Joe≫である。
しかし、Yuzuruというユニークな名前を持ちながらわざわざJoeと名乗るのは
外国に迎合するようなものだし、英語で何故私がJoeなのかの理由を自ら説明するのも
相当面倒でまた少々恥ずかしくもあることに、海外に行って初めて気づいた。
むしろ日本人からジョーって呼ばれる始末である。

まぁこの由来はひとまず心にしまっておこう。


司馬遼太郎『この国のかたち』(一)17. 土佐の場合

この本の中に「倜儻不羈」についての記述があり
それによると、『ある種の独創家、独志の人、あるいは独立性のつよい奇骨といった人格』をさし
江戸期の知識人のあいだではごくふつうのことばであったらしい。

この本は司馬作品の源になったと思われる、
歴史上の人物や日本のあらゆる面についての司馬遼太郎の解釈が書かれていて興味深い。
また時間をかけてじっくり読みたいと思う。 

≪部分的意味≫ 同書より抜粋

倜(てき) … すぐれていて、拘束されないこと
儻(とう) … 志が大きくてぬきんでていること。
羈(き)  … 馬を制する手綱。
不羈(ふき) … 拘束されないこと。
 


難解だけど、これから心に留めておきたい言葉だ。
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by yuzuruzuy | 2010-03-01 19:45 | 独り言


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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