カテゴリ:読書( 97 )

『杳子・妻隠』古井由吉

 今年の一冊目。正月に実家で読了したが遅ればせながら感想をば。古本屋で単行本で購入、『杳子』が芥川賞を受賞した当時の文藝春秋も見つけたので、一緒に。過去には新潮文庫で出版されていたようだが、今は絶版らしい。

《杳子》
 心が病んだ女性、杳子を愛してしまった男。その男の目線で杳子を観察するように描かれた小説。ひとつひとつの動作や、周囲の景色が細やかな情景として描かれている。平易な言葉遣いではあるが、一文一文がとても繊細で、一本の糸で丁寧に紡がれた蜘蛛の巣を思い起こさせる。その蜘蛛の巣を、途切れないようにゆっくりと指先でなぞっていく、そんな読書体験。
 終盤、杳子のことをノイローゼと言いながらも、自身も病的なほどに神経質な杳子の姉の所作を描いた文章(河出書房新社p.147~)に震えた。
   杳子の姉はまっすぐに伸ばした軀をそのままそろそろと前へ傾けて、盆を杳子に近いほうの角に近づけた。そして盆の左端とテーブルの間に手をあてがい、一瞬息をこらす目つきをして左端から台布巾をすうっと抜き取り、紅茶の表面に波も立てずに盆をテーブルの角にきっちり置いた。それから彼女は   
一挙手一投足どころではない、わずかな呼吸の変化さえも逃がさない文章が2ページ近く続く。細かなしぐさだけを書くことで、ここまで迫るものがあるとは、痺れる。車谷長吉の『贋世捨人』(文春文庫p.185)では、主人公が思いを寄せた女の好きな本として言及されていて、その女の言葉によると、
“神経を病んだ、迚(とて)も依怙地な女がいて、そういう病気と依怙地な性格を、男の人に抱きかかえてもらうの。私も恢復したらいいなって思って。”
そのような小説として取り上げられていた。個人的には、村上春樹の、『ノルウェイの森』を、純和風かつ、より内向的にしたような印象。もちろん、ノルウェイよりも以前の作品なので、そんな表現は相応しくはないと思うが、自分の読書歴から鑑みるに、テーマやモチーフが近いような気がした。結末も、主人公が一筋な所も、こちらの方が好き。一語一語丁寧に書かれていて、決して冗長になることがない。音楽でいうとクラシック。

《妻隠》
 ある夏の、ある夫婦と、ある老婆と、ある若者の話。これは説明が難しい。文章が生む、生暖かい風の中で揺さぶられ、漂うような感覚に陥る。何か起こりそうなのだけど、結局は何事もなく夏が過ぎ去る…。そんな余韻を味わった。
 
 かなり濃密な読書体験をさせていただき、文学の凄さを改めて感じる。今年もたくさん本を読みたい、そう思った。


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by yuzuruzuy | 2013-01-31 01:07 | 読書

最近の読書まとめ

『宿屋めぐり』町田康
 700ページ超の大長編。これを読みきってからまた読書脳が再活性化された感じ。主人公、鋤名彦名の独白形式。“主”に命じられた大刀奉納の旅の道中、くにゅくにゅに飲み込まれてはじまる苦行のような日々。自分の都合の良いように言い訳ばかりして、どんどん落ちぶれていく。結局残るものは何もなかった気もするが、読み終わった後の感覚が忘れられない。


『何もかも憂鬱な夜に』中村文則
 ピース又吉おすすめの本。三時間くらいで一気に読んだ。施設で育ち、刑務官となった主人公、自分とはかけ離れた設定ながら、自分も少なからず思春期〜青年期に抱えた苦悩をこれでもかとぶつけられて、最後には勇気をくれる。生きることに悩んでいる人に読んでもらいたい小説。


『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉
 二年ほど前になにかの繫がりで飲んだ人から、文章が凄いと勧められた小説。確かに凄かった。これを読んで以来、そこらの文章が味気なく感じるほど、一度味わったら忘れられない濃厚な文章。予想外な終わり方も好き。


『間抜けの構造』ビートたけし
 いろんな意味での“間”の大事さについて。間をうまく感じ取り、うまく使いこなせる人間になりたいと思った。勉強になる。


 本当は一冊ずつしっかり感じたことを書き残したいのだけれど、なんせ時間もないし、内容が重いものばかりで、読むので精一杯。もっともっと、本を読もう。

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by yuzuruzuy | 2012-12-01 01:56 | 読書

『すべて真夜中の恋人たち』 川上未映子

 文章なのか何なのかよくわからないけど、何とも言えない儚さを漂わせるタイトル。以前読んだ『ヘヴン』よりも文章が深くしみ込んできて、こっちの方が好きかな。“真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。”こんな一文から始まる最初の1ページで、物語の世界観に引き込まれる。
 主人公は、書籍の校閲を職業とする30代半ばの独身女性。ふとしたことから勤めていた会社を辞め、フリーランスで働き始める。孤独な生活のなかで、ある男性を好きになってしまうというストーリー。繊細な文章と、交わされる会話のやりとりの奥深さが印象的。光についての会話の部分が特に良かった。主人公がもらったCDがショパンっていうところも。
 登場人物たちはみなどこかしらに孤独な部分を抱えていて、そのひとつひとつに優しい光を当てるような小説だと感じた。タイトル通り真夜中に静かに浸るのにぴったりの一冊だと思う。


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by yuzuruzuy | 2012-11-13 00:10 | 読書

『のぼうの城』 和田竜

 結構前から読もうと買ってはいたのだけど,ようやく読んで映画も観てきた。
 小説は一気に読んだ。一番良かったのは、戦を経験したこともないのに軍略の天才だと豪語した若武者が、自分の策で見事に敵を打ち負かし、敵の総大将三成から賛辞の言葉を受け、はらはらと泣くシーン。思わずもらい泣きしそうになった。命がけで対峙した相手からの賞賛の言葉というのは、どれほど価値があるものか。のぼうはもちろんのこと、それぞれのキャラクターが生き生きと描かれている。戦国時代ってのはこんなにも清々しい男たちが生きた時代だったのだろうか。時代小説は現代にない価値観を与えてくれてやはり面白い。
 映画は戦と水攻めのシーンなど小説のイメージ以上の大迫力。ただ先に触れた自分の好きなシーンがなく残念。それでもエンドロールの演出にハッピーな気分。主題歌はエレカシ。劇場で観てよかったと思う。


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by yuzuruzuy | 2012-11-10 00:01 | 読書

『苦役列車』 西村賢太

 原作を一気に読んでからそのまま映画も観に行った。
 まずは西村賢太の芥川賞受賞作『苦役列車』。この作品の前に読んだ『小銭をかぞえる』で、“愚直なまでに屈折”(ピース又吉『カキフライが無いなら来なかった』より拝借)した人間の過去に対する懺悔のような文章の面白さに取り憑かれて、遅ればせながら手にとった。
 日雇い労働者の主人公の北町貫多は自身の生い立ちに対するコンプレックスと欲望の塊。三人称を用いながらも主人公目線で書かれた文章は徹頭徹尾ひねくれている。そんななかにも読んでいて時折応援したくなる、純粋な19歳の青年像が垣間見れる。現代風に言うとネットでたまたま見つけた他人の過去回想ブログを、駄目なやつだし近くにいたら相当面倒だけど、何処か放っておけなさを感じ、骨太な文章力の高さにも惹かれて読み耽ってしまった、そんな感覚。しかしまあ家賃滞納、風俗、暴力、友への罵倒…ブログで書けるような内容ではないけど。そういう意味でも書くことで懺悔しているようにも受け取れた。いや、でも貫多は決して書くことが懺悔なんてそんな風には考えないか。
 同録の『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』では、貫多が作家になっている。どうしようもなく堕落した生活のなかで文学賞の候補作に自作が挙げられていることが貫多の唯一の光明。惨めさを自虐的に描きながらも、筆者の小説への執念というか、ものすごいパワーが伝わってくる。
 両方の小説で頻繁に用いられていた“はな〜”とか“慊(あきたりな)い”、“結句”、“畢竟”、“業腹”など、独特の文語体が癖になる。言葉の勉強にもなりそう。
 これは何処から何処まで作者である西村賢太の実体験なのだろうか。おそらく殆ど実体験が元かとは思うが、北町貫多という架空の人間を放っておけず、他の作品も読んでしまうと思う。でもはまり過ぎは注意だな…。


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by yuzuruzuy | 2012-07-20 02:18 | 読書

『そろそろ帰ろかな』 又吉直樹

さよう、読書芸人ピース又吉の短編小説でござい。斯く言う偉そなお前は誰やねん。都会の大型書店にて偶然、
「又吉コーナー」を見つけ、わー、結構読んだことあるやつあるじゃないのと思いながら、その片隅に又吉自身の初小説が収録された文芸誌を見つけてしまい、思わず買ってしまったただのミーハーです。しかし予想以上に面白かった。自由律俳句集の『カキフライが無いなら来なかった』のなかに収録された、いくつかのエッセイにあった昔のエピソードを交えつつ、又吉自身の子供時代の思い出(おそらく)を、冷めた目線で描きつつ、ココロ温まる物語になっている。所々にクスッと笑わせる一文。小説のはじめの数行で、〝又吉の小説〟という先入観は八割方吹っ飛ばされ、ただ目の前の文章に引き込まれてしまった。
泥のような色をした壁が所々はがれ落ちている。その剥がれた壁をぼんやり眺めていると、悪魔が笑っている顔のように見える。…(略)…悪魔は笑いながら僕に「殺したろか?」と言っている。テレビの上に置かれた一体しかない間抜け顔のシーサーは、歯をくいしばり、「なんで俺なんすか」という顔をしている。
文庫で短編集出してくれんかな。


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by yuzuruzuy | 2012-06-07 01:07 | 読書

『ウスケボーイズ』河合香織

 国産ワインを買いに行った、元町の素敵なワインショップのオーナーと話していて紹介してもらった本。日本で欧州系のワイン用葡萄を栽培するという難題に取り組んだ日本人生産者の物語。その店でオススメされて買った日本のワインも、この本の主人公のひとりがつくったワイン。造り手のストーリーを知って飲むワインも、また格別である。
 まだまだ歴史の浅い国産ワインだが、これからに期待したくなるような一冊。


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by yuzuruzuy | 2012-03-19 01:20 | 読書

『晴耕雨読ときどきワイン』玉村豊男

 東京を離れ軽井沢で暮らし、ヴィラデストという農園を造り自身のワイナリーも経営するエッセイスト。もう夢みたいな生き方。著者が農園を開く前の軽井沢での生活を綴ったエッセイ。さぞ優雅な暮らしでしょう…そんなことを思いながら読みはじめたら、意外と庶民的な淡々とした文章で田舎の暮らしぶりが描かれていた。自分とは完全に身分が違う感じだけど、気になる生き方。この人のエッセイ、もう少し読み漁ってみたい。


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by yuzuruzuy | 2012-02-14 23:47 | 読書

『きいろいゾウ』 西加奈子

 お互いをツマ、ムコと呼び合う夫婦の物語。過去に縛られて、いつもどこか遠くを見てしまっていないか。ちゃんと地に足を付けて、目の前を見つめて生きているか。そんなことを考えさせられた。『きりこについて』にも通じる、入れ物である体と、中身である心の乖離がテーマのひとつとして存在している。現実と向き合い、地上に降りるというモチーフからは、『炎上する君』の、風船病の話も思い出す。
 この人の作品は登場人物に語らせて引き込むのが巧いと思った。地の文はツマの語りと、それを最後に要約するようなムコの日記。直接語りかけてくるような、自分だけがこっそり聞いているような感覚になる。大地くんの手紙がとても感動的だった。
 今回はユーモアは若干お預け。現実と御伽噺が合わさったような完全な世界観は本を閉じてもしばらく抜け出せなかった。解説で、カタカナの名前が小説の構成にもたらしている効果を知ってから唸った。改めていい作家、西加奈子。
 子供のような大人たちのための、絵本のような小説。この小説を読み始めて、月をよく見るようになった。


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by yuzuruzuy | 2011-12-11 15:38 | 読書

『きりこについて』 西加奈子

 きりこは、ぶすである。

 そんな一行からこの物語は始まる。そしてきりこがどれほどのぶすであるか、家族の容姿にまで言及しつつ、約4ページに渡る説明。ここですでにもう、わしづかみ。
 そしてきりこと会話のできる賢い猫、ラムセス二世が搭乗。本当に搭乗、そう書かれている。誤植?と思いきや、筆者が興奮のあまり間違えたというエクスキューズ。なんでも“知っている”ラムセス二世の台詞に、何度も笑う。
 なんとも面白い、コメディかなと思いきや、物語はどんどんと、感動のヒューマン&キャットドラマになっていった。
 家族から可愛い可愛いとお姫様のように育てられ、それを当たり前のように生きてきたきりこが、ある出来事をきっかけに、自分がぶすであることに気づく。衝撃的な冒頭の一行のせいもあってか、その瞬間はまさに、『人間失格』の葉蔵が、目立たない一人のクラスメイトから、道化を見抜かれた、あの瞬間を思い出させた。それでも、きりこは負けなかった。負けないきりこに、周りのみんなが励まされていく。そんな場面を読みながら、電車の中で、喫茶店で、何度もホロッときた。

「うちは、容れ物も、中身も込みで、うち、なんやな。」
「今まで、うちが経験してきたうちの人生すべてで、うち、なんやな!」
これはかなりおすすめです。


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by yuzuruzuy | 2011-12-05 22:06 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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