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『ハーバード白熱授業@東京大学 日本で正義の話をしよう』 前半

政治哲学者でハーヴァード大学教授マイケル・サンデルが東京大学で行った講義。
NHK教育でハーヴァードでの講義を放送していたらしいけど、観てなかった~。
番組予告で観て興味を持ったので録画して視聴。
なかなか難しかったので自分で理解し易いよう整理しておく。
自分の簡単な意見感想は“──”に続けて挟んでおく。


【Lecture 1】 イチローの年棒は高すぎる?
まず、この講義の根幹となる『“正義”とは何か?』という問題についての過去の哲学者が出した3つの考え方をサンデル氏が提示

①最大多数の最大幸福~「功利主義」(ジェレミー・ベンサム)
幸福の最大化を意味し、最大多数のための最大幸福を追求する。

②人間の尊厳に価値をおくこと(カント)
人間の基本的で絶対的な権利と義務を尊重すること

③美徳と共通善を育むこと(アリストテレス)

これらの伝統を探っていくことがこの講義の目的

≪ここで質問≫
「どのくらいの所得や富の不平等が、社会を不公正にするのだろうか」
巨額の富を持つ人がいる一方で、ほんのわずかしか持っていない人がいるのは、不公平か。
自由主義経済に、賛成か、反対か。

日本の教師の平均年収は約400万円
イチローの年収は約15億円
イチローは日本の教師の400倍稼いでいる

これは公平だろうか?

もうひとつの例としてあげられたのがオバマ大統領
彼の年収はなんと約3500万円
イチローよりもはるかに少ない。

イチローの年収はオバマ大統領の42倍稼ぐのに値するだろうか?

最初に答えた受講生の答えは、“値しない”というもの。
イチローはチームの一員として働いており、その影響はマリナーズというチーム内に限られている。
一方オバマ大統領は、アメリカ合衆国の国民のために働いており、その影響力と責任は世界中にまで及んでいる。だからオバマはもっと高額な給料に値するという考え。
イチローがしていることはオバマがしていることよりも重要ではないという見方。

それに対する意見
イチローがやっていることはエンターテイメントとして人々の生活に必要なもの。
だから我々はお金を払ってイチローの試合を見る。
対してオバマが扱っていることはとても重要だがあくまで「問題」であり、税金を使ってそれに取り組んでいる。
それが所得の違いに現れているという考え。
イチローのやっていることをより重要視する見方。

そこから課税についての問題へ
税金は不公正か?稼いだお金は本人がすべて自由に使えるようにすべきか否か?

始めに課税に反対する意見が出る。
イチローの所得は本人の努力で得たものであり、かつ市場にいる人間が決めたものであるから、国家はそれを再分配するように強制することはできないという見方。
個人の権利を不可侵とする考え方。(リバタリアニズム≒無自由至上主義、市場原理主義)
サンデル「キミは、自称リバタリアンかね?」
意見者「そう思ってます。」
サンデル氏曰く、彼は自分のことは自分で決めるという、“自律”の考えに賛成している。

それに反対する(課税を肯定する)意見
政府は貧しい人に必要最低限の生活水準を保障する役割を担っている。
その実現のために、富を得る機会を与えてくれた社会に属する彼らには貧しい人を助ける義務がある。
貧しい人を救うことのほうが豊かな人の自律の権利より重要だという見方。

サンデル氏「こんな風にディベートが展開していくとは面白い。」

新たな意見
10億ドル稼ぐに5億ドルの税金を課しても痛くも痒くもない。
最大多数の最大幸福のために、再分配は必要であるという見方。
その考えをサンデル氏は“功利主義…正しい行いは効用を最大化する”という考え方と説明
貧しい人の幸福がが増すことは、イチローの所得が減少する割合よりも大きい。
──前の意見の人と同じような立場かな、それを少し突き詰めた視点。

サンデル教授は所得の再分配(課税)を正当化する根拠は他にないかと問いかける。

これに対して、道徳的立場から課税を正当化する意見が挙がる。
自分のコミュニティから、お金がないことによって死んでいく人間を出してはならない。
これが、人類の目的、義務である。
他の誰にとっても進んで犠牲を払う善良さを重視した見方。


サンデル氏がここまでの議論を整理する。
わたしたちは、この議論の中で、正義についての少なくとも最初の2つの異なる考え方が出るのを見てきた。
富の再分配を擁護する“功利主義”の議論(①)を聞いた。

正義についての2つ目の考え(②)から、再分配に対立するさらに2つの意見が出た。
ひとつは、自律の権利、選択する権利は、自分の財産や稼ぎをどうするかの決定権も含んでいると解釈する“リバタリアン”の考え。その財産決定権は国家は貧しい人々を助けるために課税を強制すべきではないという意見。
それに対して、人間の尊厳の伝統と、自律と選択の尊重というカント的な考えに訴えて、リバタリアンの権利の解釈を退ける意見。生命に対する権利と財産に対する権利の間には違いがある。財産はお金であり、生命そのものではない。イチローの稼ぎやオバマが大統領になったのは、チャンスを与えてくれた社会のおかげ。だから彼らは社会に暮らすすべての人を支える借り、義務がある。
このように、所得の再分配に関して、人間の尊厳の倫理(生命的)と基本的権利(財産的)が導くところに、2つの対立する意見がある。
──ここは分かり難かったなぁ。つまりは正義に対するひとつの捉え方(②)からでも、人間の生命を重んじるか、個人の財産を重んじるかで異なった答えが出るのだということか。自分はリバタリアンの考え方に近いと思ったけれど、他人の生命を軽くみるつもりではないのだが。あくまでこれは財産について論じられていると思ったので、また別の議論になってくるのかも知れない。

サンデル氏が続ける。
そして、3つ目の美徳についての考え方(③)。
貧しい人に分け与える倫理、自己犠牲の倫理といった、道徳的な貢献を考慮した意見が出た。
“貢献の道徳的価値”は、イチローよりもオバマのほうが大きいと論じられた(最初の受講生の意見)。
公正な分配の根拠を、美徳や善や、仕事の道徳的重要性に置く、正義の3つ目の伝統に関連している。
──最初に2つと言っていたけど、正義についての結局伝統は3つとも出ていたのか。そこが少々混乱してしまった。だから数字は厄介だ(苦笑)。通訳の問題もあったのかなぁ?


≪そして次の質問≫東大の入学資格はお金で買える?
具体的な状況が設定される。
東大に入学すれば授業でもまずまずの成績を取れそうだが、入試では合格ラインに届かない学力の志願者。しかし東大の入試事務局は、その両親が、非常に裕福で大変な慈善家だと知る。「わが子が東大に入ったら教育設備を良くするため、5000万ドル(約44億円)寄付する用意がある。」と言われたとする。その学生が入学すれば、新しい図書館が建ったりして、みんなのためになる。東大がその学生を入学させるべきかどうか?

功利主義を主張した学生が当てられる。
功利主義の立場に立っても、認められるべきではない。
助かるのはその学生だけであって、社会の公正さは害される。
その不功利のほうが大きい。
サンデル氏「キミは功利主義者だろ?1億ドルだったら?」
金額が大きくなるにつれて不正度が増すので認められるべきではない。

会場のほとんどが入学させるのは不公正であり、間違っているというほうに挙手。


少数派の、擁護する意見
その学生が東大の授業をパスできる水準であるし、それを制度としてまとめておくのならば問題ない。

それに対して反対意見
入学は努力に対するみかえり。お金がある、ないで決まるのは不公正。

新たな意見
東大入学生の親の年収を見てみると、非常に高いものがある。
入試には学力だけでなく、実際には他の学生にも親の金銭な支援がすでに加味されているということを考える必要がある。

サンデル氏
この議論は、大学の目的は何か?ということについて。
それはある意味アリストテレスの議論(③)。
アリストテレスによれば、何が公正かを理解する唯一の方法は、そのものが果たす役割について考えること。正義とは美徳についてであり、この場合、学業の成績やその見込みを持っていることが美徳だと考える。そして新しい図書館を建てるお金を持っている裕福な親を持っていることは、美徳とはされない。これが志願者の入学に反対するアリストテレス側の議論。

──ここらへんは編集で相当カットされてるようで飛び飛びな気がした。
より身近で現実な道徳的問題として、サンデル教授はこの質問を投げかけたのだと思う。


サンデル氏による【Lecture1】のまとめ
わたしたちはどちらの質問でも意見が一致することはなかった。
しかしわたしたちは議論を始め、哲学の大きな考え、正義の3つの概念が存在することを突きとめた。
それらの概念を普段から意識していなくともそれは可能だった。
その結果わたしたちは、正義や権利や共通善という大きな問題に取り組むのは、決して哲学者だけの仕事ではないことを示したと思う。
こういった問題に取り組むのは、市民という意味の一部なのだ。

──以上が前半の講義
お金についてのとても現実的でシビアな問題だったので、
観ていて自分の考えも決めかねてしまった。
“リバタリアン”という自律の権利を重視する意見に自分は近いと思った。
他人を助けることも自分の道徳的な意思でやるべきことで国から強制されることではない。
だからその立場に立てばイチローの収入に文句はない。
そりゃあちょっとは分けてほしいけども(爆)
でもリバタリアニズムを貫けば、自分が貧しくなってしまったとき、他人に助けを求めることはできないのかもしれない。

しかしそれと同時に貧しい人には道徳的に助けが必要であるとも感じる。
だからこそ課税制度があって、その政府は苦しんでいる人を助けるために使われるべきだとも思う。
人間の基本的尊厳、生きる権利を守るために。

自分の頭のなかでも一緒に議論を続けることによって、自分の考えが3つの概念のなかを行き来している感覚はなんとなく持てた気はした。


人それぞれいろいろな意見があって、もっと聞きたかったなぁ。
前半の講義(Lecture 1)は予定時間を40分もオーバーしたらしい。
それで放送の時間は40分。十分内容濃かったけど。
全部その場で受けてたらたぶんボク脳みそ破裂するわ。
それでも生で聞けた人たちがうらやましい。

こういう授業、日本にはないなぁ少なくとも僕の学歴では。

提起されるのも身近な問題で、誰にでも考えられるものだった。
哲学はそこいらじゅうに溢れているのに、
「答えが出ない」と拒否してしまうのはつまらない。
前半最後の言葉に、サンデル教授の思いが込められていたなぁ。
考え、自分の意見を持ち、他人と議論することが必要ってか。


【Lecture 2】へ続く
自分にとっては、より興味がある内容だった。
まとめるのも、もっと長くなりそうだ…
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by yuzuruzuy | 2010-10-19 06:43 | 表現

『プロフェッショナル 松本人志』

笑いは、生き物
鮮度が大事


ガキ使の企画会議の映像
30分そこそこの番組のために4時間以上も会議する
常に新しいことをやろう悩んでる姿が見られた。

次回作の主役は素人。
その人について。
世界でいちばん面白いやつって、世界でいちばん面白くないやつなんじゃないか。
自分で面白いと思ってないあんなに面白くない人がいないくらいに面白くないから、めちゃくちゃ面白い。表裏一体やと思う。だから魅力を感じる。


飲みの席でのちょっと深い話
おれが今だったら、お笑いやってないかもしれない。今は笑いが重宝されすぎてる。おれらのころはもう漫才ブームが終わったころで、芸人の価値がいちばん低いとき。だから頑張れた気がする。なにくそ根性でやってこれた。

子供の頃自転車を買ってもらえず、自転車に乗っていると仮定して店の前でスタンド立てる振りしたりしながら町を回っていたというエピソード。
少し悲しくないと面白くないのかもしれへんなぁおれは。その比率がむずかしいねんけど。絶妙な割合なんやろうけど。どっかに悲しさがないと面白くないんかもしれへんな。

しみじみ飲み会のテンションだ。
ただの芸術家になってしまったらあかんと思ってる。芸術家と芸人は違うから…。でもなんかこぉ…ひざまつきたくないやんか。

かっこよすぎるじゃろ。

後半は前日放送のMHKの舞台裏
録画したのを直前に見ていたのでここから特に面白かった。
最初のイメージは
もうちょっとこう…徳の高いことがしたいですね。志の高い。

NHKだしね(笑)
確かに民放とは違うものになっていたとは思う。
ただただ面白いだけじゃなく、見る側に考えさせられるような。
構成作家との顔合わせで、最初からいろんなアイディアを出しまくる松本人志。
やりたいこといっぱい。いっつもこんなこと考えとるんか。
大人たちが会議室で真面目に面白いことを考えてる様子がすでにコントだ。
アイディアをひねり出し、選んでは捨てる。

結婚という人生の転機に立って、かつてのコントを見返して
自分のコントを振り返って見返したときに、やっぱり面白いなと思うのは結局そんなこう…グロテスクなものとかハードな下ネタとかすごいバイオレンス的なものじゃないところがやっぱり面白いなって改めてちょっと思った部分もあるし。


企画会議は進む。
エレファントチューブやアゴずれなどのコントの空気感を出す用語が生まれたことで、
化学反応のようにつぎつぎアイディアが生まれてきていた。

そして、入院期間を経て、撮影の日
ダイナミックアドベンチャーポータブル
撮影スタッフが普通に
“サプライズボールはフル?”
と確認するのに言ってたのが笑えた。
ナレーションも渋い声でこんと用語連発してるし。

ラストのアゴずれオチはアドリブだったらしい。
少しだけ後悔しているとすれば、アゴが痛いって言ったあと後ろの布団に寝ても良かったかなぁ最後ってちょっと思ってるぐらいです。

もう次の戦いが始まってるという感じだった。

プロフェッショナルとは
えーとぉ…素人に、あのぉ、圧倒的な差をつけてチカラを見せ付けることじゃないですかね。うん…と思いますけど。

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by yuzuruzuy | 2010-10-18 04:16 | 表現

『松本人志のコント MHK』

ごっつとかほとんど観てなかったので、
松本人志のコントを本格的に観るのはほぼ始めてに等しい。
NHKはCMもないし、ネタをじっくり観るには最適。
これから、NHKでコント番組を持つことが芸人の新たな目標になったりして。
公共放送なりの規制はいろいろあるだろうけど、
純粋な芸人にとっては民間放送のほうがもはや不自由なのかも。
それぞれのネタの感想。


≪ダイナミックアドベンチャーポータブル≫
自宅でダイナミックアドベンチャーを楽しむことができる
15万円もする意味不明なマシンを買った男(まっちゃん)
宅配で届き「明日くるとは思ってたんですけど!」と何度も言いながらウキウキ
「どうしよ俺!届けられてるわぁ~」と、のっけから松本ワールド的言い回し。
付属の説明DVDのガイド音声との掛け合いをしながら組み立てる。
エレファンティックチューブとか、ハッピースティックとか、なんやねん(笑)
世界観を壊さないためにあくまでそこにはまっちゃんツッコまない。
理解不能のマシンを何度も「めっちゃええやん」とべた褒め
いきなりシュールすぎる。

一回目は分かりにくかった。
やみつきになりそうな余韻は残ったけど。
観てるほうは分からない、やってるほうは真面目。
そこに生じる違和感が笑いの空気を作るのだろうか。

二回目に観たら、じっくり練られてるんだなぁと分かった。
無駄をなくすためにカット割編集でマシンの位置が移動してたり、
台詞のタイミングや繰り返しとかも考えられてそう。
マシンの動きもとにかくシュール。

あとはオチにも出てきた“アゴずれ”に尽きる。

はまちゃんがおったら、「なんやねんっ!」連発だったと思う。
それがあってこそまっちゃんのボケが爆笑に変わるんかもなぁ。

はまちゃんいないので観ている自分が心のなかで「なんやねんそれ」とツッコんでしまう。
大笑いはできないけど、漂う空気にニヤニヤ笑い。
他人に分からない自分だけの楽しみと考えれば、よくありそうな設定だけど
ダイナミックアドベンチャーポータブル(15万円)
何度も言うけど、シュールやなぁ…


≪劇的!!ビUFOアフター≫
名前のとおり、アノ番組みのパロディ。
NHKでこんなのやってしまうんかぁ。
まっちゃんが匠の役で真面目な演技
“小さいながらも、すてきなUFOだなっていわれるように頑張りました。もう未確認だなんて言わせないぞっていう感じですかね。”
日常とSF的要素を混ぜ合わせた独特の空気感が、『大日本人』と似ている気がした。
最後まで爆発もない、これまた違和感によるクスクス笑い。
長めでちょっと間延びした感があったけど、
ネタの世界にじっくり入り込ませようということなのかな。

こういう無理に笑かせようとしない、ピースフルな笑いは好きです。
いままでダウンタウンの番組見てると笑ってはいけないシリーズとかで不条理なイメージがあったけど、
まっちゃん、こんな笑いも作るのね。
でも、捕らえられた地球人の牢屋まで改装して、改装後は地球人も明るく談笑していたり、
あえて触れないツッコミどころはしっかりあった。
ツッコまないことで生まれる面白さもあるもんね。

ボケをいかに真面目さで隠しつつ、ジワジワ笑いに変えられるか。
そういうとこはNHKっぽい。
微妙と絶妙って言うのは紙一重なんだなぁ。

このコントあたりから、簡単なことはしたくないという
まっちゃんの心意気が伝わってきた気もした。
徐々にまっちゃんワールドが分かってきたような。


≪つぶやけ!アーカイブス≫
NHKの過去の放送の白黒映像にまっちゃんがひと言。
当時は真面目でも今の時代なら笑える映像がたくさんあるのだなぁ。
時代が変われば笑いも変わる。

①三十三間堂の消火訓練
1人1体の仏像を肩に担いで走りまわる消防隊員たち
まっちゃん「国宝の扱い方雑!」

②奇抜な美容健康法
TVで出る素人の有名発明おじさんが作りそうな
いかにも胡散臭い器械で美容に励む女性たち
回転椅子でぐるんぐるんまわされる“回転式体重軽減装置”
最後に出たのが“首吊り式背伸び器”て…いやいや、苦行すぎる。
僕「拷問やん…」
と、自分でもツッコミを考えてみた。
吐き捨てるようにまっちゃん「寿命縮まるわっ」
やはり言葉選びと言い方が面白いねぇ。

③“僕は二つです”
巨漢児ひでたかちゃん(二才)
“ご飯はおおきなどんぶりで、お肉かお魚がなければ食べないという、こだまひでたかちゃん。”
“生後二年八ヶ月で、体重十貫弐百目のデブさんです。”
タイトルと最初の映像だけで噴いた。
二つですって、年齢のことだったんかい…
冷静なナレーションの声と衝撃的な映像とのギャップが激しすぎる。
今これ放送されたら絶対Youtubeで流行るわぁ。
まっちゃん「ひでたかちゃぁん…」
もはやツッコむこともできず(笑)


≪わたしは幽霊を見た!≫
①わたしは幽霊を見た!という人を見た
②わたしは幽霊を見た!というであろう人を見た
③わたしは幽霊を見た!普通に

三段オチ

夫婦が部屋のベランダから向かいのアパートにいる幽霊を見る。
なんとなく雰囲気が好きな大人計画の平岩紙がまっちゃんの妻役で出ていた。
確かに霊感ありそう。

最後は笑いというよりほんとにちょっと怖い。
幽霊を見ているのにぜんぜん驚かない夫婦が生む違和感。
そこが可笑しい。

“あなた、幽霊よ”
“幽霊だねぇ”

“怖いわ”
“怖いねぇ”

“ずーっといると、ずーっと怖いねぇ”

最後のまっちゃんのひと言が残す余韻。
これは笑いなのだろうか?うーむ。


≪答辞≫
逆二中の卒業生答辞
とにかく「逆に」押し。
ジワジワきて、気づいたら声を出して笑っていた。
この前のキングオブコントでまっちゃんがジャルジャルのネタ後に言った
「いつまでも見てられるなぁ。」という言葉
それをそのままこのコントにも言いたい。

難しいこと考えずにこのネタが一番笑えた。
いきなり怒鳴って、素に戻って、
“逆ギレをしてしまいました。”
これにはやられた。
“逆ギレ”は、まっちゃんが流行らせた言葉だ。

“逆に”という言葉を逆にネタの中心に置いたまさに逆の発想。
これからもみんなと逆のことやったるわっていう、
アイディア炸裂の決意表明って感じでした。

最後の
“なんかほんとストレートに、ありがとうございましたぁー!”
は、なんかよく分からんけど逆に泣きそうになりました。

─── 以上 ネタの感想


コントを自然に演じていても、松本人志でないようで松本人志だった。
そういえば、チャップリンもどの映画の中でもいつでもチャップリンだ。
笑いを生んでいるのがチャップリン自身であり、松本人志自身であるからなのか。

友人から聞いた松本人志のエピソードがある。
途上国の難民の痩せ細った子供の写真のネタ(“写真でひと言”)を、笑うことをためらった観客に対して言った言葉。感銘を受けて今でも覚えている。
かなり前に聞いた話なのであいまいだけど、こんな意味のことだった。
“面白くしているのはあくまでもオレ(松本)で、彼らが面白いわけではないし、それで彼らを傷つけているとは思わない。笑わせているのはオレなのだから、オレの発想が面白いのだ。もしかしたらオレは悪かもしれないが、そのオレの発想を笑う客は悪ではないのだ。”

そこまでの信念で生みだされた笑いは、伝わるはずだ。

芸術家は自分の身体を離れた作品で人を感動させるけど、芸人は自分自身で人を笑わせる。
そこが大きな違いなのかも知れない。


お笑い番組ではよくあるわざとらしいスタッフの笑い声もなく、
視聴者に真っ向から笑いとは何かを問う番組だったと思う。


深いねぇ。お笑いは。
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by yuzuruzuy | 2010-10-17 17:01 | 表現

THE SONGWRITERS 佐野元春×山口一郎 ②

今回のワークショップは、
聴講生が“アイデンティティ”というキーワードから触発されたフレーズを書き、
そこに音楽を組み合わせることで言葉の意味がどう変容するかを体験するというもの。
すごくシュールだった。

使用されたのはサカナクションのこの曲
不思議な音の世界


聴講生からはさまざまなフレーズが集められたが、佐野と山口が選んだ言葉たちを曲に乗せてみると、
意図されずして、どこかストーリーのようなものが生まれているように感じられた。
山口:この過程は音楽の世界では実はよくある、チャンスオペレーションって言うもので、その…ひとつの意味を持って、いろいろな言葉が集まってきたときに、それをどう組み合わせるか、それを不規則に組み合わせることで、逆にストーリーが、イメージができたり、なんかそれを今日、皆さんに体感してもらえたらなと思います。すごい良い企画だと思います。


──特定の言葉から、それぞれの世界観に基づいて新たな言葉が生まれ、
それが集まることで新たなひとつの世界になる。

山口:言葉プラス、音が入ることで、その言葉の持つエネルギーが、より増していくというか、奥行きが出てくるんですよね。それが音楽の面白さだし、僕らがいつも、音楽で遊んでいる手法なんですよね。

佐野:その通りだね。悲しいメロディに、楽しい言葉を乗せたらどうなるだろうか…とか、セクシャルなメロディに、過激な、政治的なメッセージを乗せたらどうなるんだろうか…たとえばね。そうした、実験と言うのは、割りと意識的に、やられてますか?

山口:うん。僕はその、良い違和感を探すことが、音楽を作る上でのひとつのテーマなんですよね。その違和感が好きか嫌いか、それがサカナクションらしさ、の基準になっているんですけど。

──たしかに違和感って大事だ。なんかコレ変、でも好き。そこにそのモノや、その人らしさが溢れているように思える。すっと入ってくるだけじゃなく、どこかに引っかかるものがないと、そのまま流れて出て行ってしまう。
音が出す奥行きによって、深い部分で受け手に訴えかけられるものが生まれる。

二回目は、書いた本人たちが曲に合わせてリーディング。
エコーなどのエフェクトがかかって、言葉が反復されて、また違った印象を持つようになる。
ひとりの声じゃなく、女性の声の後に聴こえる男性の声とか、
いくつもの要素、いくつものアイデンティティが共鳴しながら渦巻く、
なんともいえない世界に引き込まれるようだった。

山口:言葉の持つエネルギーと、音の持つエネルギーって言うのは、同じようで違うと思うんですよ。でもそれが合わさることで、また違うエネルギーになるということ。その感覚を、感じてもらえたらなって、僕は思ったんですけどね。

──音楽だけじゃなくて、普通に喋ってるときも、言葉の意味以上に、音としての声が与える印象は大きい。同じ、「ばかやろう」でも、ビートたけしの言う「ばかやろう!」とアントニオ猪木の「バカヤロー!」はぜんぜん違ったものだと思う。ひとりの人の「ばかやろう」でも、笑いながら言うのと怒りながら言うのでは違ったエネルギーを持つだろうし。
言葉にプラスされるエネルギーは喋るときにおいては感情。音楽においてはメロディ。
メロディと歌詞が合わさったエネルギーが、その音楽を聴く人の感情を揺さぶるのか。

《サカナクションの曲『アイデンティティ』と、今回のワークショップについて》
山口:“アイデンティティ”っていう言葉は、実はすごくシリアスで、使い方によってはものすごく、危ないって僕は思ってたんですよ。で僕はこの曲を『アイデンティティ』というタイトルにする前のタイトルがあって、実は、『アイデンティティ少年』っていう…タイトルだったんですよね。“アイデンティティ”という言葉だけじゃなく“少年”という言葉をつけることで、“アイデンティティ”という言葉の響きが、少し柔らかくなる…で、いろいろな、…その、奥行きがそれに出てくるかと思って…だけどそれで詞を書いていったときに、方向性がひとつしかなくなってしまったんですよね。“アイデンティティを持っている少年”なのか、“アイデンティティがない少年”なのか…その“少年”のほうにフォーカスが来すぎてしまって、で僕は、“アイデンティティ”という言葉だけをタイトルにして、じゃ、その怖さを、シリアスさを、じゃあどういう風に曲の中で和らげていこうか…もっとみんなにいろいろな捉われ方をしてもらえるようにしようかという、その作業が、そういう過程自体が、僕にとってのその、アイデンティティになっていったんですよ。だから今日こういう風に、みんなが“アイデンティティ”という言葉から、いろいろ連想して、それを実際に言葉に発して、音楽に乗せて、いろいろなイメージを持って、それを僕らが共有できたっていうのは、なんか、これからまた新しく音楽を僕も佐野さんも、作っていく、なかで、僕はすごく背中を押された感じがしたと思いますね。

──ワークショップのテーマとなった自分の曲のエピソードと合わせてうまくまとめるなぁ。佐野さんもひと言、「あぁ、素晴らしい感想だね」。“僕はすごく背中を押された感じがした”…心に沁みてくる言いかただなぁ。
『アイデンティティ』はまだちゃんと聴いたことないけど、このタイトルについてのエピソードは聴けて良かったなぁ。好きな曲ほど、その歌詞がどんな思考の過程で書かれたのか知りたいもの。感動した絵があったら、その絵がアトリエで描かれる過程を見たいし、好きな人ができたら、これまでどんな人生を送ってきたのかを知りたくなるように。目の前の歌詞カードに見えている文字だけでなく、出来上がるまでに何度も書かれては消されていった言葉たちの存在を忘れてはならない。

Q.サカナクションと言うフィールドに心苦しさ、窮屈さを感じることはないか?
山口:僕が、すごく心苦しく思ってるのは、もっと大きな枠で、音楽シーンとして、そういうフィールドの中でいったい自分たちがどういうことをやっていけばいいのかって言うこと。そこをすごく心苦しく思ったりすることはありますけどね。自分が好きなことをやっても、ちゃんとその…受け入れてくれるだろうかとか、シーンは、リスナーのみんなは分かってくれるだろうかとか、音楽にあまり興味がない健全な人たち?(ニヤッと笑顔)…そういう人たちにいったい、音楽が好きな僕らが作った音は届いていくのかなって言う…それをすごく悩んだりするときはありますけど…ね。

──今の日本の音楽シーンを自分たちが好きな音楽で変えたいという強い思いが伝わってきた。
自分が良いと思うものでも、他人にとっては無価値だったり、無理やり押し付けようとしても届かない。
届かないということを前提として、どうすれば自分が好きなことの範囲内で、他人に届くカタチにできるか。
それが今のサカナクションにとっての音作りなのかも知れない。


思慮深い話し方で淡々と語るサカナクション山口一郎氏
ブログでは“一路”と称しているので、親しみと敬意をこめて“一路さん”
そう呼ばせていただきます。
サカナクションもこれから聞き込んでみよう。

今シーズン最終回だった。
また来シーズンも続いてほしいなぁ。
個人的に観たいのはGRAPEVINEや斉藤和義や山崎まさよしあたりかな。
スピッツなんか出たらすごいな。
週末の楽しみが減ってしまった。

PCで録画しているため、メモリーがたまっていくのだが、このシリーズだけは消せない…
DVD化を強く希望します。
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by yuzuruzuy | 2010-10-04 02:06 | 表現

OK GO の巻き込むチカラ

まさにムーブメント
ちょっと古いけどOK GOのミュージックビデオのアイディアから
いろんなことが起きている。
まずは元ネタ…

コレを真似してアメリカの学生が、学祭で踊った映像がYouTubeにいくつもアップされてる。
確かにコレはやってみたくなる。
でも簡単そうにやっているけどかなり難しいらしい。

それが日本のネット上ではまた違った使われ方が…

外国からアイディアを輸入して自国のものと組み合わせる
外来語をカタカナ言葉にする感覚で
まさしく日本的発想だけど、それが見事にハマっていて面白い

アメリカに戻るとさらにアイディアは広がっていって…

ただただ、壮大、すごい。 Epic....

OK GOじゃないけど、ついでにもういっちょ壮大なやつ
こっちはなんてったって日本発
Nintendoの世界、世界のNintendo

雰囲気はどこかの国の大会みたいだけど…
ここまできたら感動するわ。


OK GOは他のMVもいろいろと真似されるほど面白くて、
なおかつ本業の音楽もカッコいいから上手くやれてるけど、
日本でこういうインパクトがあることをしても、悲しいかな、
流行りものは何でもかんでも“一発屋”という牢屋に手錠をかけたままぶち込んでしまいそうな雰囲気がある。

それでも、一発爆発させられるってだけでもすごいこと。
そのアイディアが次々と引火してまた新しい爆発を生んでいく可能性がある。
問題はどうつなげていくか。それは本人だけじゃなく、受け手にもできることだ。
受け手がちょっとずつ自分の火薬を投げ込むことで、また新しい爆発が生まれるかも知れない。
自分の領域を超えて、他人の領域へと引火していくプロセスまで予測されたアイディアがベスト。
どんなものかは、書いてる自分もまったく分からんけど。


“一発屋”の監獄に閉じ込められた芸人がたくさんいるなか、
有吉は“あだ名”と書かれた手錠をうまく外して出てきそうなところともいえる。
二度目はごめんだって感じで。
自分が作ったアイディアや既成概念に縛られてしまわずに、どれだけ自由になれるか…
芸人じゃなくても、昔の自分の考えに囚われたままもがいている人はたくさんいるだろう。
ときには数分前の思いつきだって捨てないといけないこともあるかもしれない。


面白いアイディアを見つけて、それをまるパクリするんじゃなく、自分のフィルターを通して、
オリジナルな要素をどんどんつけ足して変えていく作業もすごく創造的。
そんな流れの源泉となるアイディアを生めたらいちばん良いんだけどなぁ。
まずは、どんどんインプット。
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by yuzuruzuy | 2010-09-26 08:34 | 表現

『ファウストの悲劇』

先月TVをザッピングしていると
芸術劇場で、以前観た『変身』をやっていた。

今月は『ファウストの悲劇』
二年前の欧州旅行中に読んだ
ゲーテ作 森鴎外訳 『ファウスト』
それの演劇版か?!と思い、途中から録画しておいた。

じっくりどっぷり浸かったつもりで観てみたけど
どうしようもなく難解…ストーリーもまったく違っていた。
原作がクリストファー・マーロウという、シェイクスピアと同時代の作家。
どうやら同じファウスト博士を題材にした戯曲でも、ゲーテ作のものとは違うらしい。
演出は演劇界の重鎮・蜷川幸雄。(蜷川ミカのお父さん)

まだまだ理解不足だけど、感じたことメモ。


あらゆる学問を研究つくしたファウスト博士(野村萬斎)の知識欲。
それでもまだ世界について知りたいファウストは
望みを何でも叶えてくれるという約束と引き換えに悪魔に魂を売ってしまい、
メフィストフェレス(勝村政信)にそそのかれるまま、欲望のまま、
限られた時間の内で世界中で悪事をはたらく。
死が迫ったとき、ファウストは自らの行いを後悔し、メフィストに連れられ地獄に落ちる。


悪魔に憑かれたファウストが悪事をはたらく前半から中盤は、
悲劇ではなく喜劇
舞台と舞台裏、さらには観客席の境界をなくすかのような自由な演出
台詞回しもアドリブ要素、ギャグが満載で、ほんまなんじゃこりゃー

終盤は地獄へ落ちて行くファウストの独壇場で
悪魔に魂を売ってしまったことへの後悔に苦しむ姿で
一気に悲劇的結末に転落していく。

うまく説明できないけど、とにかくすごかった。


ゲーテの『ファウスト』は、“とまれ、お前は美しいから”と、最高の刹那を迎えた
前向きな終わり方だったと思うけど、こっちは思いきり悲劇。
マーロウの原作も読んでみよう。

メフィストフェレス役の勝村政信。
TVじゃワールドカップの解説なんかしてたけど、舞台ではこんなに凄い役者なんだな。
見る目が変わった。

ゲーテの『ファウスト』でも思ったことだけど、
ギリシャ神話の登場人物の名前がかなり出てきて、
それも知ってイメージ変換できていればより理解しやすかったと思う。
ミニミニ映像大賞関連の番組で、あるCMプランナーの人が、
アイディア発想法のキーワードのひとつに、“記憶”があるという話をしていて
編集された記憶として“教養”を挙げていた。
そして教養をふやすための方法として古典を読むこと、
なかでも効率的でおすすめなのがギリシャ神話だと話していたのを思い出した。
そこにはいろんなインデックスが入っていると。

ヨーロッパで美術館を回ったときも、
アポロンとかジュピターとかパリスとかアキレスとかヘラクレスとか
知っているのにどういう存在か知らない名前ばかりで
帰ったらギリシャ神話読も!と思っていたのだったよあのときの私は。

悪魔に魂を売ってしまう前に、ギリシャ神話で教養を増やそう!

あんなそんなこんなどんなで、とにもかくにも読むにも書くにも、なにかかにかのきっかけになりそうでして…

あー、なんじゃこの殴り書き文章は(泣)



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by yuzuruzuy | 2010-09-16 03:33 | 表現

THE SONGWRITERS 佐野元春×山口一郎 ①

今回はサカナクション山口一郎

恒例の佐野元春による朗読
『enough』
曲として聴いたこともなかったので、メロディのイメージもなく、言葉だけですっと入ってきた。
北海道出身のエッセンスなのか、佐野元春もコメントしたように、宮沢賢治の詩を現代的にしたような、都会的なのに農村の匂いがする歌詞だった。
佐野:僕たちの生活の中の、リアリティについて語られた詩かなと、僕は思ったんですが。

山口:僕が曲を作るときに、いつも心がけてるのは…なんか僕の日常の中にあることを、必ず嘘偽りなく言葉にしたいなと思っているんですよね。なので、この『enough』を書いていたときの心境って言うのは、札幌から東京にでてきたばかりのときで、今までとは比較にならないほどのたくさんの人が街にいて、いろんな人の思惑が、なんか僕の中に、入り込んできた気がしたんですよね。で…本当の自分て言うのと本当のじゃない自分て言うのが、よりくっきり分かれてきてて、それを何かこう言葉にして、頭の中を言葉でデッサンする感じっていうの…

佐野:あぁ(溜息)…うん、うん。

山口:で、書いていった詩ですね。歌詞と言うよりかは、詩を書いてる気持ちでしたね。

“生活の中のリアリティ”というキーワードがばっちりはまって、この詩ができたときの環境を引き出す佐野さん。相変わらず話を引き出すのが上手い。それだけ歌詞の深いところまで味わっているのだろう。
頭の中を言葉でデッサンする、かぁ…良い表現。


学生運動をしていたぶっ飛んだ父親に、スパルタで本を読まされたり、自己形成について厳しく求められたりしながら育ったという山口一郎。
佐野は山口の書く詩と文学との関係について、自分の見解を交えて質問する。
ここからは特に興味深かった。
佐野:山口さんのライティングを、僕なりに感じてみると、例えば寺山修司とか、或いは宮沢賢治とか、そうした作家の感受性と…同じような、…ものを感じるんです。この辺の作家について、どうですか?

山口:ある独特の、日本独特のセンチメンタリズムというものが僕はあると思ってて、僕の周り、当時小学校か中学校ぐらいのときに、同じセンチメンタルを感じる仲間が、いなかったんですよね。で、僕がこう自分の中にあるセンチメンタルを、唯一、比較できたのが文学の中だけで、宮沢賢治さんもそうだし、僕は短歌や俳句も好きで、石川啄木さんの、あのー、なよなよしい(笑)短歌とかも、(省略)。…あと、種田山頭火さんの、自由律俳句というもの、その、俳句というフォーマットを壊している時点で、すごく僕はロックだなと思ったし、なんか、生き方自体も、すごく感銘できたというか。

日本独特のセンチメンタル。これかなりのキーワード。
作家を“さん”付けで呼ぶところに敬意と親しみの両方が表れていて、
とても面白いなぁと思って聞いていた。
しかも最近知った自由律俳句が出てきて“つながった感”。山頭火さーん!


佐野さんも山頭火が好きらしい。
Q.山頭火のどんなところが魅力か?
山口:要するに見てる景色であったり、その時間を、そのまま言葉にしてるんですよね。

佐野:あぁ、ずーっと放浪してるから、見たままを、見た時間に、自由に書いてるって言う印象がある。

山口:“分け入っても分け入っても青い山”という句があって、それは、どこまで歩いても、山だらけだと(ニッと笑顔で)、いつ自分がたどりつけるのか、なんかそういうことを、句にしているんですけど、なんか、情景描写なんだけど、自分の人生と比較できたりするし、自分の感覚とそれを、天秤に掛けたりするというか、それがすごく僕の、パーソナルな部分に響きましたけどね。

瞬間瞬間のつぶやきや目の前の景色を言葉にして、それが他人の人生と重なりあう力を持つ。
誰の言葉にでもなる自分の言葉。


Q.詩を書くときのアイディアはどこから浮かんでくる?
とりあえず曲を書こうとしない。
山口:お風呂にこう(手で蛇口をひねる仕草)お湯を溜めて、すりきり一杯までお湯が溜まって、溢れる瞬間あるじゃないですか。それをなんかこう、日常生活を送りながら待つんですよね。

佐野:あぁー。

山口:そこを見極めることと、どうしたらこう自分の頭の中の引き出しに、いっぱい感情が溜まるかって言うのを、考えること。

佐野:つまり自分の中にイメージが満ちてくるまでとにかく待つっていうこと。

これまた素敵な比喩。その浴槽はいったいどのくらいの大きさなのだろう?
自分の浴槽には栓がされてなくて、漏れているかもしれない。
感情が溢れるくらい、いろんなことから感じて、溜めていきたいな。


浮かんでくるイメージをメモしたり残しておくのか、放っておくのかという質問に、
山口一郎は放っておくと答える。
山口:吐き出しちゃったら、僕、興味なくなっちゃうんですよね。

佐野:はぁー(深くうなずく)

山口:残すと、それでいらなくなっちゃう。だから、鮮度が大事なんですよ。僕の頭の中に出てきた、その瞬間が、いちばん、気持ちいい(ニカッ)。

鮮度が大事…サカナクションと関係あったりして。


『アルクアラウンド』と『壁』の歌詞について(省略)
それぞれ、そのときの状況や、その時どきで得た感情がこもっている歌詞だった。


Q.好きな言葉
 夜

Q.嫌いな言葉
 愛

Q.好きな映画
 『回路』 『オー・ブラザー!』

Q.女性から言われてうれしい言葉
 状況によるけど…かわいいね、じゃないっすかね…(聴講生見て)失笑?(笑)
──ミスチル桜井と同じ(笑)なんだかんだでいくつになっても褒め言葉はうれしいもんな。


話題はソングライティングをテーマにした、いつもより抽象的な話へ。
ここまでの対談でだいぶ見えてきたように、今までのソングライターたちと比較して、
より文学的な感覚を持った山口一郎氏にだからこそ聞けることかもしれない。
佐野:これまで、この番組では、主にライティングの技法について、お話をうかがってきたんですね。というのは、そのー、ソングライティングの、技法について語る場が、あんまりないなという自分の実感があって、是非、同業のソングライターたちを招いて、どうやってみんな、詩を書いてるのって言うことをうかがってきたんですけども、(より率直な口調で)僕ね、山口さんとは、ライティングの技法よりも、もうちょっと抽象的な事を話し合ってみたいんですね。 なぜ、僕らは詩を書くのか?という、本質的な事について、すっごく抽象的な問いなんだけど。

相手の人間性や興味のツボまで深く観察していないとできないストレートな本質的な問い。佐野さんナイス。
あなただから聞くって言う前振りも本音で話してもらう上で大事だな。
それに対して山口氏もすぐ答えはじめる。
山口:なんか、どういう風に生きるかとか、何を大切にするかとか、そういうことを日常で考えていると、必ずたどりつくのが、音楽を作ることなんですよね。ということは、僕自身その、生きるということであったり、生活するということで、なにかこう、溜まっていくものがあって、それをこう、みなさんがカラオケに行ってストレス発散したり、お酒を飲んだり、友達と旅行に行ったりするような、発散の場として、僕は音楽があるのかなぁって、詩を書くことがあるのかなぁって、思ってるんですけどね。



Q.サカナクションにとっての歌詞とは?(要約)
言葉を伝えるために、どういうサウンドを取り入れるかという戦略的なところがある。
ネットやツイッターなどで情報が簡単に手に入る時代。そんな時代だからこそ、戦略ということ自体が、表現として、成立するようになっているんじゃないか。伝えたいことを、どうやったらより多くの人に伝えられるのか。
それが、サカナクションでは、山口一郎の言葉を伝えるために、どういうサウンドが今の時代に合っていくのか。それがひとつテーマとしてある。

これかなり大事なことだ。言いたいことがあるだけじゃだめ。大量に流れ出ている情報の波に流され沈んでしまわないように、届けるか、その戦略までしっかりと考えること。


Q.最後に、大衆性とサカナクションの音楽について。(要約)
ロックというフォーマットひとつとっても、精神論としてのロック、ジャンルとしてのロックなどいろいろな捉え方がある。捉われ方が多くなった分、それを壊すことが難しくなっている。それがひとつのつまらなさになっていたり、飽きられる事の要因になっている気がする。だから、自分が今いる立ち位置の、フォーマットを壊していくことを心がけている。



サカナクションはこの番組で取り上げられると知ってから聞き始めたけど
フジファブリックのようなヘンテコなサウンドと歌詞の文学性がなかなか好きな音楽です。
この対談を思い起こしつつもっと聴いてみよう。センチメンタルを感じながら。
山口一郎は歌詞づくりはそのときの感情を大事にするかなり感覚的な人間に見えたけど、
そんな自分を客観的にみてこうして言葉にできる面も持っているのだと思います。
佐野元春とも感覚が似てるのか、深いところまで話が広がって、とても30分とは思えない濃い内容でした。
佐野元春の相槌とコメント、気の利いた質問。
山口一郎の感情を真っ直ぐに表そうとする言葉と、時どき佐野さんに向けるニカッっという笑顔。
対談する2人のやりとりにこれまで以上に引き込まれました。

次回で2ndシーズン終了。まだまだ聞きたいなぁ…。
フジファブリック志村が生きてたら出て欲しかったなぁ。

サカナクション山口一郎さん。
最初はBase Ball Bearのボーカルに似とると思ったけど、
録画でずっと見ていたら、だんだんと、
頬のこけた劇団ひとりに見えてきました。
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by yuzuruzuy | 2010-09-13 17:13 | 表現

THE SONGWRITERS 佐野元春×RHYMESTER ②

今回も作詞のワークショップ

後から岸田が曲をつけたくるりの時とは違って、ベースとなるリズムや、韻を踏むというイメージが先にあり
それをみんなで共有しながら作っていくので、その場で曲の世界観ができて行く感じがした。
リズムが限定される分、前までの流れをひっくり返すような自由な言葉選びがものすごくパワーを持つ気がした。

これが出来た歌詞
キミの知らないオレの歴史
オレの名前は ユウト ミネギシ
隅のトイレで ひとり昼飯
でも弁当の中はビフテキ

だけど もし 届くなら届けよう
まずは扉の外 出よう
目指すは限界 オゾン層
見せます オレの ど根性

Y to the U to the T to the O
共に歩こう 共に歌おう
忘れないよう もう一度 言うと
オレの名前は ミネギシ ユウト


各ヴァース(パート?)の一行目はライムスターの歌詞から
そして最後のコーラス4行は、聴講生のアイディアも取り込みつつ
ライムスターが考えて完成

聴講生の名前が取り入れられた時点で結構パーソナルなつぶやきみたいになったけど
宇多丸曰く何でも歌に出来るって言うのもヒップホップのいいところ。
そんな鬱屈した世界観が“目指すは限界 オゾン層”で
トイレという小さな世界からオゾン層に一気に広がった一行で面白い。
宇多丸:駄洒落で気の利いた法螺を吹くって言う、そんな考え方でいい。

オゾン層の次の行で候補に出た
“でもトイレはちゃんと流しましょう”って言うのも
世界観を最初に引き戻す感じでオチとしては面白いと思った。


作っている時間、とにかくみんなが笑顔で楽しそうだったのが印象的だった。
社会の儀礼的な、義務的な言葉のやり取りではなく、
こんな風に自由な発想から出てくる言葉を通して、
みんなが楽しくイメージを共有できる時間がもっとあればなと思う。
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by yuzuruzuy | 2010-09-06 15:17 | 表現

THE SONGWRITERS 佐野元春×RHYMESTER ①



僕はヒップホップはあんまり聴かない。
でも実はいちばんコトバというもののチカラを大切にしている音楽なのかも知れない。
この番組を観てそう感じました。

ライムスターから今回まず登場したのは
宇多丸&Mummy-D

冒頭で佐野元春が朗読したのが『ラストヴァース』
語っているのに不思議に自然とラップのリズム、グルーヴが出てくる。
ゲストが二人のせいか、途中から合成でもうひとりの佐野元春が出てきて
一緒に朗読する演出がカッコよかった。

≪日本語でラップする上での試行錯誤≫
宇多丸:日本語って、ラップに向いてねぇな、みたいに思う(笑)、まずは壁が一個ずつ出てくる、例えば英単語だったら1拍で1単語置けたりするところに、日本語だと1拍に1単語はやっぱり置けない。で…1拍に置ける日本語もあるから、そこでこう、リズムをというか響きを圧縮できるコトバを選んでってとか…そういう感じですかね。ただこう1音1音に置いてくとほんとに間延びしちゃうし。あと音素が、英語に比べると貧弱だから、例えば同じ韻を踏むって言っても英語だと語尾の1音ぐらいで韻を踏んでるように聴こえるんだけど、日本語だとどうもそんな風に聴こえないと…なのでもうちょっと手前から、「韻ですよ」って感じで踏むか、もしくはMummy-Dが得意とする感じだけど…イントネーションから、こうして(抑揚を表すような手振り)、ね、変化をつけて…やるとか。

──言葉についての分析が徹底されていると思った。英語と日本語の音素の違いなんて考えたことないわ。『ラストヴァース』でも、“現実”と“幻想”だったり、“音楽”と“騒音”、“超越”と“消滅”、“engineer”と“genius”のように、語尾以外の部分から韻を踏んでるような歌詞づくり、曲作りがされている。これぞ日本語ラップなのか。

佐野:非常に多くの、目に見えない、メジャーな声を代表するというよりかは、ある共感を持つ、サイレントマジョリティーが全員合唱してくれるような色濃いものを表現しよう…ラップ、ヒップホップって言うものはここに切り込んでってる音楽なのかな、と僕は思うんですが──

宇多丸:おっしゃる通りで、たぶんその、もっともミクロな視点っていうところに、普遍的な何かがあるっていう事じゃないかなと思うんですけどね。ものすごい地べたの視点で、あのーあそこの横丁の、ナントカのアイツ…っていう話が、たぶん世界のすべての街角に通じる話、って言うところに、僕はその…最初にやっぱりヒップホップは勿論ニューヨークの特殊な文化だったんだけど、なんか、ロマンを感じたというか、同じだって言う風に感じれた。でもたぶん、そう思う若者が世界中に多いからこそ、世界中にヒップホップはこう…伝播力がすごいって言うか、どこの国にもヒップホップはあるしラップをしている子はいるってい言うー事はそこなんじゃないかと。

──ヒップホップはあまりメジャーな音楽とは言えないかもしれないけど、言いたいことをはっきりとしたコトバにして、ミクロな部分で共感を得る。だからファッションとしてもここまで広まって、聴く人の生活スタイルにまで影響を与える音楽なのだろう。


Q. ライティング上のメソッドについて

①口に出して、まず気持ち良いコトバの連なりであること。それがグルーヴを生む。
②日本語として、耳で聞いて、理解できる内容であること。
③内容が、歌ってウソがない内容であること。

宇多丸:4小節目で腑に落ちる、4小節目で腑に落ちるって言う風に「うまい!うまい!うまい!」って言うのが続いて、って言うのがラップの大きな快楽だと思うんですね。

佐野:そしてリスナーはつねにそっちの方に耳が吸いつけられる…そういうひとつの技法である…

宇多丸:そうですね、うまいこと言うって言うのが…やっぱり基本なんだと思うんですよね。


Q.好きな言葉
一理ある
理由がある
──ふたりとも同じこと考えてた。

Mummy-D:例えば、女の子って何でこんなときにこういうことしちゃうんだろう?若い子って何であんなふうな言葉遣いするわけ?って大人になったらそういうこと考えがちだけど、そこには必ず理由があって、一概に上からこう馬鹿にすることはつねにできないなっていうふうに思う。

──誰かの些細な行動の理由を考えるという部分は、ミスチル桜井の放送回での、“他人の無意識な仕草に意味を持たせる”という発言に通じるものがあると感じた。

Q.嫌いな言葉
「わたし馬鹿だから」的な言葉
宇多丸:そんなこと言われたら話終わっちゃうじゃんていう…どんどんこう、コミュニケーションをとってこうよ!ていうことなのに、「わたし馬鹿だから」とか「おれ馬鹿だから」ってこう、シャットアウトしてるじゃないかっていう、そんなのお互い馬鹿だよ、馬鹿同士話そうって言ってるのにっていう…感じなのかな。さっきの「一理ある」と裏表の話なんですけど。

──これかなり同感。即答で「分からん」とか言われたら哀しくなる。自分もそういうことは無くしたいと思う。

“エッチ”っていう男が嫌い
Mummy-D:なんか大事なことを隠そうとしてるような…ウェットな本質を隠そうとしているような、そういうものを感じるんですよ。

──笑。でも確かに“エッチ”に限らず言い回しを変えることによって本質を隠そうとしてる言葉は多いと思います。それが技巧にもなるのだろうけど、大事なことは伝わるようにしなくちゃな。


アジカン後藤は、現実を描くチカラではロックはヒップホップに勝てないと話したらしい。
それを受けてライムスターは逆に、ラップは言葉の多さゆえに、イメージを限定するだけになる時があり、膨らます余地がない、行間を書いてしまっているだけの、野暮なものになりかねないと話した。

コレは広告にも通じて、説明が多すぎると、下手をすれば押し付けがましいものになってしまう。
逆に読み手のイメージが広がるようなひとことが、読み手自身の解釈を伴って、一人ひとりに、“自分のコトバ”として流通すれば、それはものすごいチカラを発揮する。

自分たちでヒップホップの強さだけでなく弱さもちゃんと分かってる。
だからこそ自分たちのやり方を追求できるんだな。


ヒップホップがここまで理論思考的だということは知らなかった。
意味がなくてもリズムと韻が踏めたら良いだけなのかと思っていた。
でもそこにはものすごく緻密な計算や、メッセージを伝えるため、
聴く人を納得させる“理由”があるのだな。

ラップの歌詞と同じようにとっても内容の濃い30分でした。
ヒップホップだからいいやといって見逃さなくて良かった。
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by yuzuruzuy | 2010-08-30 06:11 | 表現

THE SONGWRITERS 佐野元春×岸田繁 ②

ワークショップ

≪連作≫
聴講生のアイディアを合わせて
四行詩を作りそれを岸田が曲にして即興で歌う
最初の一行は『魔法のじゅうたん』より

“君のこと沢山 知ってるつもりだったな”

この一行に触発されて
聴講生が次の詩を考える


そしてできたのが

君のこと沢山 知ってるつもりだったな
タンスの中も 携帯の中も
ベッドの下のエッチな本も
開いて干して食べてしまおう


次々とイメージが広がる感じだ
それを岸田が乾いた声で軽快なメロディにして歌い上げた

もうひとつは八行詩
一行目は『東京』より
東京の街に出てきました
高円寺の駅前広場には
ハチ公はいませんでした
あれから15年…
小さなスナックで働く私は
超能力を覚えました
よろしく東京 さよなら故郷
やりたいようにやってくわ

五行目が決まったあとで、聴講生の中で既にどこかでできているストーリーに向かっている意思が現れた
そこでそのムードをぶっ飛ばす“超能力”

最後の行
岸田のアイディアは
“もう一度あなたに会えました”
それを、聴講生のアイディアを聞いて
“やりたいようにやってくわ”に決定
冒頭から存在している“場末”の雰囲気を
シュッとしたスタイルで
主人公の意志をはっきり見せてまとめられそうだから

コトバからメロディが生まれた
いいコトバからいいメロディが生まれた


こうして沢山の価値観が生み出した一行一行が
合わさってひとつの世界を作るように
文章を書く過程でも、いくつもの自分の内面や、自分でない誰かの気持ちになって
そこからコトバを寄せ集めて、選んで行けたらいいのかな
それとも、純粋に自分の価値観をぶつけるのか

全然違うところで生きてきてる人たちが、……同じ景色をこうやって、…作っていくって言うんですかね、共有することって言うのは、なかなか面白い体験で、これは、自分ひとりで曲書いても絶対できない作業


Q.日本語によるロック表現について
日本語で歌詞を書きたい、思ってることを伝えたい、そういうテーマがある限り、夢中になってそれに取り組めるっていうのはあるんですよね。やっぱり日本語でロックをやるなんてちゃんちゃらおかしい話ですから、とことんやりたいなとは、思ってます。

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by yuzuruzuy | 2010-08-23 04:56 | 表現


つまらない、面倒くさいを、面白く。


by yuzuruzuy

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