『杳子・妻隠』古井由吉

 今年の一冊目。正月に実家で読了したが遅ればせながら感想をば。古本屋で単行本で購入、『杳子』が芥川賞を受賞した当時の文藝春秋も見つけたので、一緒に。過去には新潮文庫で出版されていたようだが、今は絶版らしい。

《杳子》
 心が病んだ女性、杳子を愛してしまった男。その男の目線で杳子を観察するように描かれた小説。ひとつひとつの動作や、周囲の景色が細やかな情景として描かれている。平易な言葉遣いではあるが、一文一文がとても繊細で、一本の糸で丁寧に紡がれた蜘蛛の巣を思い起こさせる。その蜘蛛の巣を、途切れないようにゆっくりと指先でなぞっていく、そんな読書体験。
 終盤、杳子のことをノイローゼと言いながらも、自身も病的なほどに神経質な杳子の姉の所作を描いた文章(河出書房新社p.147~)に震えた。
   杳子の姉はまっすぐに伸ばした軀をそのままそろそろと前へ傾けて、盆を杳子に近いほうの角に近づけた。そして盆の左端とテーブルの間に手をあてがい、一瞬息をこらす目つきをして左端から台布巾をすうっと抜き取り、紅茶の表面に波も立てずに盆をテーブルの角にきっちり置いた。それから彼女は   
一挙手一投足どころではない、わずかな呼吸の変化さえも逃がさない文章が2ページ近く続く。細かなしぐさだけを書くことで、ここまで迫るものがあるとは、痺れる。車谷長吉の『贋世捨人』(文春文庫p.185)では、主人公が思いを寄せた女の好きな本として言及されていて、その女の言葉によると、
“神経を病んだ、迚(とて)も依怙地な女がいて、そういう病気と依怙地な性格を、男の人に抱きかかえてもらうの。私も恢復したらいいなって思って。”
そのような小説として取り上げられていた。個人的には、村上春樹の、『ノルウェイの森』を、純和風かつ、より内向的にしたような印象。もちろん、ノルウェイよりも以前の作品なので、そんな表現は相応しくはないと思うが、自分の読書歴から鑑みるに、テーマやモチーフが近いような気がした。結末も、主人公が一筋な所も、こちらの方が好き。一語一語丁寧に書かれていて、決して冗長になることがない。音楽でいうとクラシック。

《妻隠》
 ある夏の、ある夫婦と、ある老婆と、ある若者の話。これは説明が難しい。文章が生む、生暖かい風の中で揺さぶられ、漂うような感覚に陥る。何か起こりそうなのだけど、結局は何事もなく夏が過ぎ去る…。そんな余韻を味わった。
 
 かなり濃密な読書体験をさせていただき、文学の凄さを改めて感じる。今年もたくさん本を読みたい、そう思った。


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by yuzuruzuy | 2013-01-31 01:07 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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