『八日目の蝉』 角田光代

 “最後の数ページ、震えがとまらなかった。”爆笑問題太田のコメントが載った帯が目に留まり、数年前に気になりながらも、かさばる単行本なので読んでいなかった。記憶の隅っこで待っていたその小説の文庫版を古本屋で手に取った。帯は自分の誕生日から上映される映画の告知になっていた。“優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした。”この新しい帯のワンフレーズだけで、迫ってくるものがある。
 物語は大きく2章に分かれていて、1章は主人公である誘拐犯の女の手記のように描かれる逃亡劇。疾走感のあるストーリーにとても引き込まれた。子育ての希望に溢れた平和な日々の風景と、いつそれが失われるかも知れないという不安が生む緊張感がある。特に何度もある逃亡シーンで、犯罪者であるはずの女に感情移入してしまう奇妙な感覚。犯罪者に母性を託すことで、親子愛、善や悪について違った角度から考えさせられた。特にエンジェルホームからの逃亡や、突然やってくる別れのシーンは言葉にならない。
これから私があなたに全部あげる。今まで奪ってきたものを全部返してあげる。海も山も、春の花も冬の雪も。びっくりするほど大きい象も飼い主をずっと待つ犬も。かなしい結末の童話もため息の出るような美しい音楽も。(p.157)
 2章では誘拐された女の子の現在が、事件のあった過去と繋がっていく。1章の手記のような形式とは全く違った描かれ方。
1章で読者に知らされた過去と大学生になった女の子の現在。そのふたつの隙間が埋められていくうちに、またしてもぐいぐい引き込まれる。そしてふたつが重なり合って生まれてくる未来への希望に、ページをめくる手が止まらなかった。
「海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて大きい景色が見えた。今まで見たこともないような景色。それで私ね、思ったんだよ。私にはこれをおなかにいるだれかに見せる義務があるって。──もし、そういうものぜんぶから私が目をそらすとしても、でもすでにここにいるだれかには、手に入れさせてあげなきゃいけないって。だってここにいる人は、私ではないんだから」(p354)
 橋渡しとなる役目を果たす女性にも、“そう来たか”と思わされる。ラストシーンも、いい意味で期待を裏切ってくれた。

 本当の親子愛、母子とは何であるか。登場人物はほとんど女性で、男は駄目な奴らばかり。“自分のお腹を痛めて生んだ子”という感覚は男の自分には一生理解できないもの。しかしそれ以外の、別の親子の関係というのもあるんじゃないかというところに、男の自分でも共感できる部分があった。子供を持つ女性として読んだとき、どのようなことを感じるのだろう。

何の説明もないまま敢えて最初に固有名詞を出して、徐々にばらしていく書き方が巧く、何様目線だけど、これが小説家かと思い知らされる。力強い文章はページをめくる度に鳥肌が立ってしばらく戻らないほど。まるで自分が生きてきたこの世界のどこかで、本当にあった事件に思えてきた。同じように自分が生まれた80年代半ばと、今生きている現代が交差する作品、『クライマーズ・ハイ』を読んだときと同じようなリアルな感覚。なかなか出会えない小説だと思う。
「八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどに、ひどいものばかりでもないと、私は思うよ」(p.343)
 早速映画も観に行こうと思う。


[PR]
by yuzuruzuy | 2011-04-30 19:25 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


by yuzuruzuy

プロフィールを見る

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

最新の記事

さらば
at 2014-09-25 04:35
イタいのイタいの、飛んでいけ!
at 2014-06-14 23:03
いろいろあるけれど
at 2014-06-05 03:56
「ママ、しまじろうのお顔、ご..
at 2014-05-04 01:25
ニイハオ
at 2014-04-29 01:21

以前の記事

2014年 09月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 03月
more...

カテゴリ

全体
日記
独り言
つぶや句
読書
映画
広告
写真
表現
SLT
夢日記
屋久島
自転車de東京
欧州一人旅
回文
未分類

タグ

検索

我的書架

ブクログ

その他のジャンル

外部リンク

記事ランキング