『R62号の発明・鉛の卵』 安部公房

 去年から古本屋で買い漁り積んでいた安部公房文庫13冊、これにて読了。カバー裏のリストによると新潮文庫の安部公房は残り3冊。節約のためにも、古本屋での出会いを待つことにしよう。でも、メジャーな『砂の女』以外は、なかなか見つからないんだな。西宮周辺の某古本屋チェーンの安部公房はほとんど僕が買い占めたのではないか?それは言い過ぎか?
 前置きが長くなりそうなのでそろそろあらすじと感想。短編作家だった30歳前後の安部公房作品12編収録。

≪R62号の発明≫
 失業し、自殺を決意した男が、居合わせたアルバイト学生から「死体をゆずってほしい」と頼まれる。しかも、生きたまま、死んだつもりになって…。連れて行かれた事務所で、男はR62号という工作用ロボットに改造されてしまう。偶然にも“生前”クビを切られた製作所に派遣されたR62号は、「人間合理化の機械」を発明し、人間に復讐する。
 ロボットの形体の描写は少なく、R62号は自由意思を失った人間のよう。ロボットのように働かされ、ロボットに仕事を奪われ、ロボットによって働かされる。そんな現代の合理主義への皮肉が込められているようだ。人間への復讐が果たされたようなラストシーンにぞっとする。

≪パニック≫
 これまた失業者“私”が主人公。職業紹介所の出口で“パニック商事”の求人係から呼び止められ、就職試験を受けることになる。指定された飲み屋でKという男と出会い、酒を飲んで酔っ払った“私”。翌朝どこかのアパートの一室で目覚めると、ベッドの側にKの血まみれの死体とナイフが。“私”は妻を残したまま逃げまわり、自首することなく盗みを働き、しまいには【本当の】殺人を犯してしまう。なぜ【本当の】なのか?実はKは死んでいなかった。Kの死体はその後の“私”の行動を調べるためのドッキリだったのだ。“私”は見事採用され、そして“パニック商事”の正体が明かされる……。
犯罪者はまことに生産の発展にコウケンするものである。泥棒が錠前を発達させた。
贋金作りが、お札の印刷を発達させた。詐欺が顕微鏡の需要をました。犯罪者は社会のために不可欠な要素である。P70
 安部公房らしい皮肉たっぷりの視点。最後の、殺人犯になるか、ばれずに犯罪を続けるかの二択は、道徳的な問いだった。またしても結末は不気味。社会のブラックな部分を見せるかのような、ホントウにあったら怖い話。特に失業者問題が深刻な現代じゃ正直笑えないかも。

≪犬≫
 犬嫌いの画家S君が愛犬家の女との結婚をためらい、S君以上に犬を心底憎む“ぼく”に相談しにきた。いや、相談というよりは、弁解のほうが正しいだろう。その後、S君が描いた気味の悪い犬の絵に手違いでついた「妻の顔」というタイトルがきっかけで、妻は出て行く。さらには、犬が突然しゃべりだし、犬との闘いの果てにS君は死んでしまう。読んでいて、自分も犬が嫌いになりそうな話。飼い主と犬の関係をひっくり返すことで、犬も人間も同じようなものなのかも知れないと思わされた。

≪変形の記憶≫
 敗戦期、戦場でコレラに罹り味方少尉に射殺されてしまったK。その魂が肉体を離れて生きた将校たちに着いて旅を始める。Kを殺した少尉も途中で自害し魂となり、死体から離れた魂の視点から語られる話。肉体の不自由さを魂となって知りながら、なおも生にしがみつこうとしてしまう人間の滑稽さを表現した話だと思う。

≪死んだ娘が歌った≫
 「変形の記憶」と同じ発想で、舞台を戦後の貧困層、主人公を女性にした話。死後の女性が記憶をめぐるように魂の旅をする。過去の恋の相手の名前がK。

≪盲腸≫
 自身の盲腸のあとに羊の盲腸を移植した男、K。人類の飢えを克服するための新学説の研究材料として、高額な月給の代わりに実験台となった元失業者。食事は藁を、顎の力を振り絞って摂る。藁しか食べなくなってしまったKに家族は戸惑う。藁を食べ続けるうちKは性格まで変わってしまい、新しい人類の可能性を目の当たりにした世間の賑やかな反応とは裏腹に、家族は普通の暮らしができなくなる。Kは次第に衰弱し、実験は失敗、Kは普通の人間に戻った。Kに向けられた最後の一行が怖い。
外では飢えが、本当の飢えが、再び彼を待ちうけている……。
 このまま羊になってしまうのかと思ったら、ひっくり返ってしまった。結局最初の状態に戻って、それが元よりもさらに悪い状況になっているのではと思わせるのも、安部公房の特徴。羊の盲腸を移植して藁を食べる…≪犬≫とは反対に、人間を動物に転換する発想。

≪棒≫
 デパートの屋上から墜落する途中、「父ちゃん」と子供が呼ぶ声を聞きながら、一本の棒になってしまった父親。溝につき刺さっているところを学生と先生に拾われて、分析、判断、処罰される。棒についての分析を通し、その父親の人格までが説明されていくようだ。その父親だけに限らず、自分で動けず、他人に使われてばかりの観念的な棒になった男たちを皮肉っているようだし、それを判断しているのが社会から少し離れた学生と先生というのもまた皮肉な気がする。下された処罰は何とも残酷だった。カフカの『橋』を思い出した。

≪人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち≫
人肉食=カニバリズム。人肉食主義者の三紳士とそれに反対する団体代表の押し問答。
なぜ私らが君たちを食っちゃいけないのかね?なんといったって君たちの肉がいちばんうまいし、栄養もあるし、また体にも合うんだよ。こういう合理的なことが、なぜいけないのかね……。
 人肉食の主張に立ち向かうためのいちばんの武器は“道徳”である、しかし紳士たちに道徳は全くもって通じない。カニバリズムは合理化の行きつく先に潜む狂気なのだろうか?この議論の土壌すなわち安部公房が描いている文脈では道徳など意味をなしていないようだ。徹底してドライな反道徳的視点。そんな中に、人食肉紳士たちがまるで自分で食べたかのように盲や片腕、片脚しかなかったり、ストライキの意味を知らなかったり、ブラックユーモアは健在。捕鯨問題にも置き換えられそうだなぁ。

≪鍵≫
 母親が死んで若者が訪ねた狂った叔父の家で、若者が事件に巻き込まれる。ここまでの印象としてはパンチの少し弱い作品。

≪耳の価値≫
 交通傷害保険と耳を使って儲けようと企む。耳を失うことに対するノリの異常な軽さに笑ってしまう。さまざまな方法で事故を装おうとするが、耳は一向に傷つかない。これも結末は最初の地点に戻るパターン。
 登場人物が、小説家の安部公房について話す場面がある。自虐っぽいネタ。
変な、六法全書をつかって金もうけをする方法みたいな話ばかり書くやつだよ。P250
≪鏡と呼子≫
 少し難解。見るものと見られるものの感覚。親戚同士の遺産争い。迫りくる三角…何なのだろう?

≪鉛の卵≫
 80万年後の未来人にたどりついた男の目の前には、見たこともない生命体がいた。未来人からみた古代人の描写や、未来人の人間観に毒がたっぷりで面白い。最後はこれもどんでん返し。価値観の転換。

 最初から内容が濃すぎて、感想も若干尻すぼみになってしまったな。≪鉛の卵≫は感想は短いけど何度も読もうと思えるほど面白かった。星新一にも似ているなと思った。どの作品もとにかく豊富な発想でお腹いっぱい。安部公房の発想を通して、読んでいるほうは新たな価値観の問題にぶつかる。普段は見えないけど、実は存在している部分を見せてくれる視点の転換、表現方法や価値の組み合わせ。安部公房が開けたアバンギャルドの穴から新たな世界を覗く気分。とくに好きなのは「R62号の発明」「変形の記憶」「盲腸」「棒」「耳の価値」「鉛の卵」。こんな作品たちを50年近く前に書いた安部公房は偉大だ。


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by yuzuruzuy | 2010-12-09 16:57 | 読書


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