『方舟さくら丸』 安部公房

 安部公房の文庫本はこれで11冊目。
 核戦争の危機から逃れるための方舟。その船長、“もぐら”はデパート屋上のガラクタ市場で、“ユープケッチャ”という、自分の糞を食べる閉鎖生態系を持つ虫を見つける。それは採石場跡の地下でひっそり、誰の干渉も受けずに暮らす“もぐら”彼自身のような存在だった。彼はユープケッチャを方舟の乗船審査基準として、生き残るための乗船券を渡す人物を探す。デパートの屋上で出会ったサクラの男女二人組に、方舟の鍵を持ち逃げされ、“もぐら”はユープケッチャを売っていた昆虫屋と一緒に方舟へと向かう。たどり着くと二人はすでに侵入しており、船長もぐらは、サクラとその連れの女、そして昆虫屋とともに方舟の中で過ごすことになる。
 そんな中、侵入者の存在が発覚し、方舟の計画は崩れ始める。もぐらの父、猪突(いのとつ)や、ビジネスの相棒、千石などが現れて、ストーリーは展開し、その上もぐらは、足を滑らせ地下にある便器に片足を吸い込まれて嵌ってしまう。
 核シェルターというテーマにしては展開もそれほど大きくなく、時間にしても数日経たない間の物語。核戦争の危機から逃れるということを建前にしながら、この小説のテーマはは、社会からの隔離というものではないか。「生きのびるための切符」を渡す相手を探しながら、なかなか適切な人物を見けられない主人公。結局は地下でひとり誰の干渉も受けない暮らしに満足していたのかも知れない。世界と繋がりたいのだけれど、それがうまくできない男。登場人物たちは感情を言葉にしてあまり表に出さず、かわりに、身体的な接触、名前の呼び方や細かな仕草でそれぞれの感情が読み取れる文体。特に、主人公と昆虫屋の、女の尻叩きの儀式では、もぐらの女に対する欲望心と、昆虫屋への猜疑心が渦巻いている。
 改めて、安部公房の文章は緻密すぎる。冒頭の方からさまざまな伏線が引かれており、ほぼ完全に世界観を作ってから文章にしたのであろうことがよく分かる。天才というよりもはや変態だ。
 ≪豚≫という言葉にコンプレックスを感じている主人公はあまりにも卑屈に考えすぎていて、それがそのまま文章化されているので、慣れなかったらとても面倒くさいと思う。でもそんな主人の苦悩やもがきがまわりまわって滑稽なものとなってしまう。それが安部公房作品の醍醐味。オチもいつもの安部公房作品と同じで、めちゃくちゃ考えさせられる。それは脱出だったのか?それとも閉じ込められただけなのか?ブラックユーモア、皮肉、苦悩、妄想。悲惨な滑稽さ。脱出の夢。待っているのは透明な景色。
手を通して街が見えた。振り返っても、やはり街は透き通っていた。街ぜんたいが生き生きと死んでいた。誰が生きのびられるのか、誰がいきのびるのか、ぼくはもう考えるのを止めることにした。(p374)


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by yuzuruzuy | 2010-11-28 23:59 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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