『ハーバード白熱授業@東京大学 日本で正義の話をしよう』 前半

政治哲学者でハーヴァード大学教授マイケル・サンデルが東京大学で行った講義。
NHK教育でハーヴァードでの講義を放送していたらしいけど、観てなかった~。
番組予告で観て興味を持ったので録画して視聴。
なかなか難しかったので自分で理解し易いよう整理しておく。
自分の簡単な意見感想は“──”に続けて挟んでおく。


【Lecture 1】 イチローの年棒は高すぎる?
まず、この講義の根幹となる『“正義”とは何か?』という問題についての過去の哲学者が出した3つの考え方をサンデル氏が提示

①最大多数の最大幸福~「功利主義」(ジェレミー・ベンサム)
幸福の最大化を意味し、最大多数のための最大幸福を追求する。

②人間の尊厳に価値をおくこと(カント)
人間の基本的で絶対的な権利と義務を尊重すること

③美徳と共通善を育むこと(アリストテレス)

これらの伝統を探っていくことがこの講義の目的

≪ここで質問≫
「どのくらいの所得や富の不平等が、社会を不公正にするのだろうか」
巨額の富を持つ人がいる一方で、ほんのわずかしか持っていない人がいるのは、不公平か。
自由主義経済に、賛成か、反対か。

日本の教師の平均年収は約400万円
イチローの年収は約15億円
イチローは日本の教師の400倍稼いでいる

これは公平だろうか?

もうひとつの例としてあげられたのがオバマ大統領
彼の年収はなんと約3500万円
イチローよりもはるかに少ない。

イチローの年収はオバマ大統領の42倍稼ぐのに値するだろうか?

最初に答えた受講生の答えは、“値しない”というもの。
イチローはチームの一員として働いており、その影響はマリナーズというチーム内に限られている。
一方オバマ大統領は、アメリカ合衆国の国民のために働いており、その影響力と責任は世界中にまで及んでいる。だからオバマはもっと高額な給料に値するという考え。
イチローがしていることはオバマがしていることよりも重要ではないという見方。

それに対する意見
イチローがやっていることはエンターテイメントとして人々の生活に必要なもの。
だから我々はお金を払ってイチローの試合を見る。
対してオバマが扱っていることはとても重要だがあくまで「問題」であり、税金を使ってそれに取り組んでいる。
それが所得の違いに現れているという考え。
イチローのやっていることをより重要視する見方。

そこから課税についての問題へ
税金は不公正か?稼いだお金は本人がすべて自由に使えるようにすべきか否か?

始めに課税に反対する意見が出る。
イチローの所得は本人の努力で得たものであり、かつ市場にいる人間が決めたものであるから、国家はそれを再分配するように強制することはできないという見方。
個人の権利を不可侵とする考え方。(リバタリアニズム≒無自由至上主義、市場原理主義)
サンデル「キミは、自称リバタリアンかね?」
意見者「そう思ってます。」
サンデル氏曰く、彼は自分のことは自分で決めるという、“自律”の考えに賛成している。

それに反対する(課税を肯定する)意見
政府は貧しい人に必要最低限の生活水準を保障する役割を担っている。
その実現のために、富を得る機会を与えてくれた社会に属する彼らには貧しい人を助ける義務がある。
貧しい人を救うことのほうが豊かな人の自律の権利より重要だという見方。

サンデル氏「こんな風にディベートが展開していくとは面白い。」

新たな意見
10億ドル稼ぐに5億ドルの税金を課しても痛くも痒くもない。
最大多数の最大幸福のために、再分配は必要であるという見方。
その考えをサンデル氏は“功利主義…正しい行いは効用を最大化する”という考え方と説明
貧しい人の幸福がが増すことは、イチローの所得が減少する割合よりも大きい。
──前の意見の人と同じような立場かな、それを少し突き詰めた視点。

サンデル教授は所得の再分配(課税)を正当化する根拠は他にないかと問いかける。

これに対して、道徳的立場から課税を正当化する意見が挙がる。
自分のコミュニティから、お金がないことによって死んでいく人間を出してはならない。
これが、人類の目的、義務である。
他の誰にとっても進んで犠牲を払う善良さを重視した見方。


サンデル氏がここまでの議論を整理する。
わたしたちは、この議論の中で、正義についての少なくとも最初の2つの異なる考え方が出るのを見てきた。
富の再分配を擁護する“功利主義”の議論(①)を聞いた。

正義についての2つ目の考え(②)から、再分配に対立するさらに2つの意見が出た。
ひとつは、自律の権利、選択する権利は、自分の財産や稼ぎをどうするかの決定権も含んでいると解釈する“リバタリアン”の考え。その財産決定権は国家は貧しい人々を助けるために課税を強制すべきではないという意見。
それに対して、人間の尊厳の伝統と、自律と選択の尊重というカント的な考えに訴えて、リバタリアンの権利の解釈を退ける意見。生命に対する権利と財産に対する権利の間には違いがある。財産はお金であり、生命そのものではない。イチローの稼ぎやオバマが大統領になったのは、チャンスを与えてくれた社会のおかげ。だから彼らは社会に暮らすすべての人を支える借り、義務がある。
このように、所得の再分配に関して、人間の尊厳の倫理(生命的)と基本的権利(財産的)が導くところに、2つの対立する意見がある。
──ここは分かり難かったなぁ。つまりは正義に対するひとつの捉え方(②)からでも、人間の生命を重んじるか、個人の財産を重んじるかで異なった答えが出るのだということか。自分はリバタリアンの考え方に近いと思ったけれど、他人の生命を軽くみるつもりではないのだが。あくまでこれは財産について論じられていると思ったので、また別の議論になってくるのかも知れない。

サンデル氏が続ける。
そして、3つ目の美徳についての考え方(③)。
貧しい人に分け与える倫理、自己犠牲の倫理といった、道徳的な貢献を考慮した意見が出た。
“貢献の道徳的価値”は、イチローよりもオバマのほうが大きいと論じられた(最初の受講生の意見)。
公正な分配の根拠を、美徳や善や、仕事の道徳的重要性に置く、正義の3つ目の伝統に関連している。
──最初に2つと言っていたけど、正義についての結局伝統は3つとも出ていたのか。そこが少々混乱してしまった。だから数字は厄介だ(苦笑)。通訳の問題もあったのかなぁ?


≪そして次の質問≫東大の入学資格はお金で買える?
具体的な状況が設定される。
東大に入学すれば授業でもまずまずの成績を取れそうだが、入試では合格ラインに届かない学力の志願者。しかし東大の入試事務局は、その両親が、非常に裕福で大変な慈善家だと知る。「わが子が東大に入ったら教育設備を良くするため、5000万ドル(約44億円)寄付する用意がある。」と言われたとする。その学生が入学すれば、新しい図書館が建ったりして、みんなのためになる。東大がその学生を入学させるべきかどうか?

功利主義を主張した学生が当てられる。
功利主義の立場に立っても、認められるべきではない。
助かるのはその学生だけであって、社会の公正さは害される。
その不功利のほうが大きい。
サンデル氏「キミは功利主義者だろ?1億ドルだったら?」
金額が大きくなるにつれて不正度が増すので認められるべきではない。

会場のほとんどが入学させるのは不公正であり、間違っているというほうに挙手。


少数派の、擁護する意見
その学生が東大の授業をパスできる水準であるし、それを制度としてまとめておくのならば問題ない。

それに対して反対意見
入学は努力に対するみかえり。お金がある、ないで決まるのは不公正。

新たな意見
東大入学生の親の年収を見てみると、非常に高いものがある。
入試には学力だけでなく、実際には他の学生にも親の金銭な支援がすでに加味されているということを考える必要がある。

サンデル氏
この議論は、大学の目的は何か?ということについて。
それはある意味アリストテレスの議論(③)。
アリストテレスによれば、何が公正かを理解する唯一の方法は、そのものが果たす役割について考えること。正義とは美徳についてであり、この場合、学業の成績やその見込みを持っていることが美徳だと考える。そして新しい図書館を建てるお金を持っている裕福な親を持っていることは、美徳とはされない。これが志願者の入学に反対するアリストテレス側の議論。

──ここらへんは編集で相当カットされてるようで飛び飛びな気がした。
より身近で現実な道徳的問題として、サンデル教授はこの質問を投げかけたのだと思う。


サンデル氏による【Lecture1】のまとめ
わたしたちはどちらの質問でも意見が一致することはなかった。
しかしわたしたちは議論を始め、哲学の大きな考え、正義の3つの概念が存在することを突きとめた。
それらの概念を普段から意識していなくともそれは可能だった。
その結果わたしたちは、正義や権利や共通善という大きな問題に取り組むのは、決して哲学者だけの仕事ではないことを示したと思う。
こういった問題に取り組むのは、市民という意味の一部なのだ。

──以上が前半の講義
お金についてのとても現実的でシビアな問題だったので、
観ていて自分の考えも決めかねてしまった。
“リバタリアン”という自律の権利を重視する意見に自分は近いと思った。
他人を助けることも自分の道徳的な意思でやるべきことで国から強制されることではない。
だからその立場に立てばイチローの収入に文句はない。
そりゃあちょっとは分けてほしいけども(爆)
でもリバタリアニズムを貫けば、自分が貧しくなってしまったとき、他人に助けを求めることはできないのかもしれない。

しかしそれと同時に貧しい人には道徳的に助けが必要であるとも感じる。
だからこそ課税制度があって、その政府は苦しんでいる人を助けるために使われるべきだとも思う。
人間の基本的尊厳、生きる権利を守るために。

自分の頭のなかでも一緒に議論を続けることによって、自分の考えが3つの概念のなかを行き来している感覚はなんとなく持てた気はした。


人それぞれいろいろな意見があって、もっと聞きたかったなぁ。
前半の講義(Lecture 1)は予定時間を40分もオーバーしたらしい。
それで放送の時間は40分。十分内容濃かったけど。
全部その場で受けてたらたぶんボク脳みそ破裂するわ。
それでも生で聞けた人たちがうらやましい。

こういう授業、日本にはないなぁ少なくとも僕の学歴では。

提起されるのも身近な問題で、誰にでも考えられるものだった。
哲学はそこいらじゅうに溢れているのに、
「答えが出ない」と拒否してしまうのはつまらない。
前半最後の言葉に、サンデル教授の思いが込められていたなぁ。
考え、自分の意見を持ち、他人と議論することが必要ってか。


【Lecture 2】へ続く
自分にとっては、より興味がある内容だった。
まとめるのも、もっと長くなりそうだ…
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by yuzuruzuy | 2010-10-19 06:43 | 表現


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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