『無関係な死・時の崖』 安部公房

 9冊目の安部公房文庫。10作からなる短編集。順々に読もうとしたら中断してかなり時間がかったので、数ページ読んで、興味を持った作品から順番に読むと、そこから一気に読破。

『無関係な死』
客が来ていた。そろえた両足をドアの方に向けて、うつぶせに横たわっていた。死んでいた。
自分の部屋で、全く知らない人間の死体を発見した男。すぐに110番すればいいものを、自分が疑われることを恐れてなんとかその立場から逃れようと考え過ぎるあまり、逆に逃げ場を失っていく。思いつくことが、ことごとく自分を追い込むことにつながっていき、最終的に立場が反転してしまっている。
 安部公房作品には、よく、メビウスの輪というキーワードが使用される。一周してもとの場所に戻ってきたときには最初とは反対、裏の場所に着いてしまっている。だから、読者も、気がつくと思ってもみなかった場所に連れ込まれている自分に驚く。


『人魚伝』
 海底で見つけた人魚を愛してしまった男が、自分が用意していた部屋でその人魚を飼っていたつもりが、知らず知らずのうちに逆に人魚の餌として飼育されていたという物語。トリックが明かされていくうちに、どんどん怖ろしくなってくる。
p.303
僕は彼女を自主的に選び、征服したつもりだった。
ところが真相は、ぜんぜんその逆で、ぼくはむしろ肉食用家畜として彼女にとらえられ、
飼育されていたにすぎなかったのである。
恋愛関係に交えて肉食用家畜なんてフレーズを使うところが、数十年前にも関わらず時代を先取りしてる。「自分がいなくちゃ相手は生きていけない」が、いつの間にか「相手のために自分が生かされて」しまっているという、現代社会の相互依存的な人間関係に通じるものがある。それを物語化できる安部氏凄し。この物語も、飼育する側が、一周回って飼育されているという点で、メビウスの輪的な構造になっている。
 人魚の存在を確信し恋するまでの主人公の感情の揺れや彼女を連れ帰ろうとしてとる行動、なぜか情念が眼に向けられた人魚との生活、想像力とコトバの選び方…なんでこんなの書けんの?この作品だけでも読む価値十分。


『時の崖』
 ボクサーの独白形式で、時間もこのボクサーの感覚に伴って進んでいくように思える。試合に負けるとき、それがボクサーにとっての≪時の崖≫である。
p/321
チャンピオンの向う側が、いちばん急な崖なんだからな……そうだろ?
……向うの崖を落ちるか、こっちの崖を落ちるか、それだけのちがいじゃないか……けっきょく、落ちてしまうんだからなあ……いやんなっちまうなあ……
それでも戦わなくちゃあならないボクサーの絶望の中に、人間ってのはそんなもんさと共感する部分もある。
p.306
負けちゃいられねぇよなぁ……勝負だもんなあ……負けるために、勝負してるわけじゃねえんだからなあ……
この最初の書き出しで、僕は一撃KO。ブルーハーツの『未来は僕らの手の中』を思い出した。
<僕らは負けるために、生まれてきたわけじゃないよ。>
 他の作品も怖くて笑えて、安部公房好きには、贅沢な一冊じゃないかな。人により好きな作品が分かれそうなので、他人の意見も聞いてみたい。長編では分かりにくかった安部公房のストーリー手法が少し分かったような気がする。
ショートショートの星新一然り、短編の方が作家の表現を鋭いものにするのかもしれない。


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by yuzuruzuy | 2010-04-23 23:59 | 読書


つまらない、面倒くさいを、面白く。


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